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「成長と孤独」

 
第36回(平成28年度)
全国高校生読書体験記コンクール県入選
齋藤 淑人さん(新潟県立長岡高等学校)

幼い頃の苦い記憶は、誰もがもっているものだろう。小学三年の夏、人への配慮を知らない私は、心ない一言で友人を傷付けた。泣きながら私を責める相手の背中。傍の私の背中には、首元で熱くなった嫌な汗が落ちる。あまりに無知だった自分の幼さは、今でも思い出す度に、胸が痛む。 



新潟県立長岡高等学校



パン屋の店員として働くチャーリイ・ゴードンは、三十二歳の成熟した体に合わず、未発達な幼児並の知能しかもたない。だが、大学で手術を受け、結果、周囲の人すらも超えた知能を獲得していく。彼のあまりに急激な変化は一見、非現実的な夢物語だ。だが私は、そんな彼の姿に、誰もが通る過程を重ねた。それは、「人が大人へと成長する」過程だ。 

大人になる、とはどういうことか。多くの人が、身体の成長や、性への興味などを挙げるだろう。中でも私は、「知能の発達」こそが最も大きな変化だと考える。多くのことを知り、考え、自己の内面を形づくる。チャーリイの成長ぶりはまさに、その象徴だ。 

手術前のチャーリイはまるで、子どものような扱いを受けている。彼が綴る「経過報告」には、こんな言葉が登場する。「みんなぼくの友だちで、みんなぼくのことを好きなのです。」彼は度々作業に失敗し、同僚のキンピイ達に怒鳴られている。私も幼い頃親に叱られ、深刻に肩を落とすことがあった。だが今、親戚の子ども達が同じように叱られるのを眺めていると、飛ぶその声は温かい愛情に裏打ちされているのだと実感できる。チャーリイも、時には笑われながらも、結局は周囲から愛される存在なのだ。 

だが、手術を受け少しずつ幼い頃の記憶を取り戻す彼は、「愛」以外の感情に心を痛める。妹に対する言動が原因で家族にできる溝。妹の部屋から聞こえる心ない声。自分が意図せずして人を傷付けていた記憶の数々に、彼は後悔を重ねていった。 

幼い頃の私は人と話すのが怖かった。傷付けられたくなかったからだ。背伸びをしてやっと息をするような思いで毎日をやり過ごしていた。教室の片隅で一人、友人達が互いに傷付け合う声を聞く。そして時にはチャーリイのように、自分が傷付ける側にも回った。その度に私は周囲との壁を厚くした。もし同じ教室に彼が居たら、他者の意思を汲めず空回りするその態度を欝陶しく感じていただろう。その前に友人達から「ウザい」、「空気が読めない」といった言葉で片付けられ、教室の隅へ追いやられていたかもしれない。私は成長するにつれて意思を主張するのに慣れ、人と話すことへの抵抗は減っていった。だがチャーリイはそんな波には乗れず、一人取り残されてしまった。 

そんな状況に別れを告げようと、チャーリイの知能の発達は加速する。だが、彼の思いとは裏腹に、周囲の人々、パン屋の温かい仲間さえ、彼を避けるようになってしまう。頭を良くして皆に好かれたい、という思いは実らずに、教養こそが人間の真理だと考えるチャーリイを、以前のチャーリイを知る人々は受け入れられなかったのだ。そして彼は、これまで笑われて過ごした日々を上から塗り直すように、女性との交遊に溺れていく。知能の向上や性への感情の複雑化といった彼の変化は、まさに人間の成長の縮図だ。 

だがその後、そんな彼の知能は後退し、教養も失われていく。そして彼は気付いたのだ。知能が幼児並だった頃の自分は、大勢の人に囲まれ過ごしていたことに。私は「成長」の意味を再認識した。彼の思い求めていた知的成長は、何を知り、何を理解するかという自己完結するものだ。だが、彼に、私達に必要とされる本当の意味での成長は、周囲の人と顔を合わせ言葉を交わし、時に傷付け合いながら得ていくものなのだろう。彼は知能の向上を機に孤独を味わい、その重要性を痛感した。孤独であるがゆえの痛みや憤りを知らない人間が、周囲の仲間の大切さを理解できるはずがない。知能の戻った彼は再びパン屋に迎えられ、以前のような生活を送り始めた。手術を通じて得たものを失った後に残ったものが、彼を成長させたのだった。 

以前の私は、自分は大人だと、どこかで考えていた。人の発する言葉一つを、誰よりも意識の深い部分で考えていると信じて疑わずにいた。しかし、大人である証拠は態度に表れる。余計な気負いもせずに素直な自分を出せるのは、彼の特権なのかもしれない。 

歳月は流れ、私は高校という新しい環境に居る。時には幼い頃のような不安に襲われ、外への一歩が踏み出せない朝もある。だがそんな時僕の手を引き、傷を癒してくれるのは、昔私が傷付けた友人、彼の笑顔だ。正直、人に指示を出し仕事をこなす「頭の良い」大人になるのは、大変なことだと思う。だがチャーリイは、そんな大人達から好かれ、信頼を寄せられる大人だ。そんな大人に、私はなりたい。


 

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