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新潟県立文書館

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2015/09/18

第3回文書館教養講座「系図に隠された歴史」を開催しました

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 新潟県立文書館では、平成27年9月18日(金)に、第3回文書館教養講座「系図に隠された歴史 -長岡藩主の家譜から見えてきたこと-」を開催しました。

 講座の内容を概略で紹介します。
 長岡藩主第6代牧野忠敬は延亨3年(1746)12月、家譜編纂を家老の山本(よし)(かた)に命じます。義方は高野(しゅう)()()(もん)、他1名に作成を申し渡し、宝暦3年(1753)に完成します。
 完成した『家譜』によると、先祖は第8代孝元天皇、後に平氏を名乗りますが源氏に改め、()(かわ)(のくに)(愛知県)に土着した一派がそこの地名をとって「牧野」姓を名乗ったとあります。平氏、源氏という武家の名門流であることが記されていますが、下剋上の戦国時代であっても家柄が重んじられ、朝廷からそれにふさわしい官位官職をもらうために支配者階級は由緒正しい系図が必要とされたようです。名門流を明記することは牧野家に限らず戦国時代の家譜によく見られる特徴です。史実としての出自は文明3年(1471)に三河国内の神社に出した木札に出てくるのが最初とされています。
 『家譜』に記された初代長岡藩主(ただ)(なり)の事跡から、隠された事実をひも解いてみました。慶長5年(1600)9月、忠成は徳川秀忠勢として信州上田城を攻め、勇ましく戦ったとあります。他の記録では、真田勢に本陣を攻撃され、100人以上の死傷者を出し、忠成は失踪したとされています。慶長19年(1614)の大坂冬の陣と翌年の夏の陣にも参戦していますが、大した活躍がありません。
 『家譜』によると忠成の室(奥方)は、洛陽(京都)の生まれと記されています。元和2年(1616)7月、長峰(旧吉川町)の領地を拝領しているので、この理由を考えると、忠成は失踪後、京都で秘かに豊臣氏と朝廷の情報収集を行い将軍秀忠に報告していた、これが長峰拝領に結びついたのではないかと考えます。
 最後に、藩主の命で『家譜』編纂に関わった山本家と高野家は、不思議な縁があります。断絶していた山本家を高野家の五十六が継いで、山本五十六として山本家を再興しますが、これは初代長岡市長の牧野家(ただ)(あつ)の懇願と『家譜』編纂の功績による両家の縁によるのではないでしょうか。


参加者の感想の一部を紹介します。
Oこれまで知ることのなかった長岡の歴史を、新しい切口で知ることができました。
O長岡牧野家の面白い話を聞かせていただきました。
O牧野家が山本家の復活に縁があったのは面白かったです


講座の様子

第5回文書館教養講座はこちらをご覧ください。

これからの文書館主催講座はこちらをご覧ください。
17:56 | 平成27年度