考察とインターネット

 
第45回(令和7年度)
全国高校生読書体験記コンクール入賞
齋藤 遥香さん(私立新潟清心女子高等学校)


(取り上げた書名:『恐竜まみれ-発掘現場は今日も命がけ-』/著者名:小林 快次/出版社名:新潮社)

 小学校二年生の夏、私は初めて糸電話を作った。その日は家に友達が遊びに来ていて、一緒に遊んでいた。そこで、私たちは糸電話を作ることにした。紙コップの底を爪楊枝で穴を開け、穴に糸を通し、糸をテープで固定した。すると、よくある糸電話が完成した。紙コップを耳に当てれば友達の声が聞こえ、紙コップを口に当てて喋れば友達に伝わる。

 当時の私には、たった一本の糸だけで音が伝わることがとても不思議だった。そこで、私はある疑問を持った。

「糸電話の糸を変えても音は聞こえるのか。」

 この疑問を解消するために、私は夏休みの自由研究として、糸電話の実験をすることにした。家にある糸の代わりになりそうなものを片っ端から持ってきて、たくさんの種類の糸の糸電話を作った。糸の種類には麻糸や毛糸だけでなく、輪ゴムなどの伸縮性のあるものまで、幅広く用意した。たくさんできた糸電話を、お母さんと一緒に聞き比べ、実験をした。

 当時の私は、「糸が振動すれば音が聞こえるから、ビヨンビヨンとよく振動する輪ゴムが一番よく聞こえるのではないか。」と仮説を立てた。しかし、私の仮説とは正反対に、絹糸のような太すぎず細すぎない、しっかりとした糸が一番よく聞こえる結果となった。実際に実験してみると、輪ゴムはビヨンビヨンしすぎて、声の振動がうまく伝わらず、よく聞こえない結果となった。

 この実験結果は私に衝撃を与えた。ある疑問を、自分で仮説を立て、自分で実験をし、自分で答えを導き出す。自分の手で疑問を解決することが、こんなにも楽しいことだと初めて実感したのだ。

 古生物学者(恐竜学者)の小林快次さんはこう語っている。

「ある疑問を持つ。その疑問がいかにアプローチするか作戦を立てて、データを集めていく。すると、自分なりの考えが生まれ、その疑問が明らかになる。自分の手でだ。これが快感なのである。」

 私は小学校二年生にしてこれを体験した。そして、それは高校生になった今でも覚えている。それほど、自分で考えて行動したことは印象に残るのだ。

 逆に私が小学校二年生でなければ、これほど印象には残らなかったように思う。なぜなら、今はインターネットが欠かせない環境にいるからだ。私が小学校二年生の頃はまだ学校にアイパッドは普及されていなかった。そのため、日頃からインターネットを使う習慣はまだなかったのだ。しかし、高校生になり、スマホを持ち始めると、わからないことがあれば、何でもインターネットで調べるようになった。インターネットで調べれば、すぐに求めていた答えが返ってくる。これほど簡単で楽なことはない。しかし、インターネットで調べた情報は、自分がわかったつもりになっているだけで、実際はあまり印象に残らず、すぐ忘れてしまうことが多い。

 例えば、英語の長文を読んでいるとき、わからない単語が出てきたとしよう。その単語の意味を調べるのに、スマホの翻訳機能を使えば、一瞬で簡単に答えが出てくるが、紙の辞書で調べたときの方が少し手間ではあるが、スマホで調べたときよりも記憶に残っていることが多い。

 小林快次さんはモンゴルに恐竜の化石を発掘しに行った際、こう感じたそう。

「いつも痛感することだが、道具が無い状態でも何とかしてしまう、知恵の塊のような人たちだ。先進国出身の私たちは知恵に乏しい。知らず知らずのうち、技術に頼りすぎているのだろう。」

つまり、不便な環境にいるからこそ、知恵が働くのだ。

 私が小学校二年生という、あまりインターネットを使わない不便な環境にいたからこそ、自分の手で疑問を解決することの楽しさを体験することができたのだろう。

 これからの時代、今よりもインターネットが発達し、今よりもさらに便利な世の中になるだろう。しかし、何でもすぐにインターネットを頼るのではなく、まずは自分で考えてみることに意味があると思う。わざと自分を不便な状況に置き、自分の力で答えを導き出してみようとすることが、自分の成長につながるのではないだろうか。 

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