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新潟県立文書館

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2016/10/18

第5回文書館教養講座「慶長5年 越後一揆」の様子を紹介します

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  新潟県立文書館では、平成28年10月12日(水)に、第5回文書館教養講座「慶長5年 越後一揆-上杉vs堀の60日合戦-」を開催しました。

   講座の内容を概略で紹介します。   

 慶長5年の越後一揆は、関ヶ原の合戦直前の諸将動向の中で、直江兼続が画策し、上杉勢の侵攻に呼応し、旧家臣、牢人、農民が一揆を形成し勃発したものとされている。しかし、遺されている史料からは、越後住人の主体的、自発的な行動の跡を見いだすことは困難である。越後一揆は、百姓等による対領主闘争行動としてではなく、戦国期にみられる領主権力と結びつく地侍集団の一揆の例として捉えるのが適当であろう。首謀者の直江兼続は上杉包囲網の越後側からの進攻が困難な状況を作りだすことを目的とし、一揆を鎮圧する堀氏側は鎮圧を軍功として徳川方に顕示することを重視している。越後一揆の経過をふりかえると、秀吉死後の覇権の行方が混沌とする中での領主階級の思惑を見いだすことはできるものの、対領主(堀氏)闘争主体としての越後住人の姿は見いだせず、不満を背景にした百姓(民衆)主体の一揆として捉えられない。その点で、この一揆を「上杉遺民一揆」と称することは適当ではない。一揆後の越後は、上杉色が払拭され、領主としての地位を安定化した堀氏による近世社会建設が本格化する。越後一揆は、越後の争乱の最後でもあり、上杉氏の移封以上に、越後の中世から近世への歴史のターニングポイントと評価できる事件である。

 参加者の感想の一部を紹介します。

◇戦国時代の背景を興味深くお話いただきありがとうございました。
◇一揆の広い見方を知ることができた。越後国の安定化への「越後一揆」の位置づけを知ることができた。
◇私の家は、堀家の子孫で興味があった。
◇一揆は多かったと学びましたが、戦略的に利用されたものが多く、自主的なものは数少ないことがわかりました。


講座の様子


当館所蔵越後一揆関係文書 中蒲原郡新津組大庄屋桂家文書


20:05 | 平成28年度