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[第56話]新潟コレラパニック1879 ~病気だけではなかったんです!!~

 

 風邪やインフルエンザ、ノロウィルスをはじめとする胃腸炎などの感染症。感染力が強いので瞬く間に蔓延(まんえん)し、特に冬になると全国的に大流行することが多いようです。

これまで7回の世界的流行があり、日本では江戸から明治時代にかけて数年間隔で猛威をふるった感染症があります。コレラ(虎列拉)病です。コレラ菌に感染することにより突然の高熱、嘔吐(おうと)、下痢、脱水などの症状が顕れます。

 明治12年(1879)の大流行の時、新潟県では警察が出動する大変な騒動になりました。病気の流行と警察の出動、この無縁のような2つの事柄がなぜ結びついてしまったのでしょうか。

 当時、コレラ病は「コロリ」と呼ばれ、人々に強い恐怖心を植え付けていました。加えて予防に対する正しい知識が不足していました。新潟県は明治10年・11年に「虎列拉病者取扱手続」等を相次いで布達(ふたつ)し、コレラ病患者が発生した場合の対応を定めています。これらの規則の中で注目すべきは、人々の健康に関することは警察の職務である、という点です。医師や衛生担当者は警察の指示で行動することになりました。患者は原則として()病院(びょういん)(伝染病専門病院)に収容され、自宅療養患者の家族は外出禁止など、伝染を防ぐための配慮から隔離する措置がとられました。しかしこのような措置はコレラ病や死に対する恐怖に加え、警察という権力への畏怖(いふ)ともあいまって、一層恐怖心を高めることになりました。

 そんな空気が充満する中、明治12年3月に西日本でコレラ病が発生します。県は港での検疫(けんえき)を強化し、家屋内外・街路(がいろ)などを清潔に保つよう通達しましたが、7月に入るとついに県内で感染者・死者が確認され、コレラの恐怖が現実のものとなったのです。感染予防のために魚介類や生鮮食品の販売が禁止されたことにより、関係者は大打撃を受けます。さらに新潟町では、大火や洪水等の発生による米価の急騰(きゅうとう)が人々の生活を脅かしました。そして8月、生活の(かて)を失った漁師たちが安米を要求して富商宅を打ちこわし、巡査に抵抗する者も現れたため、警察と衝突する大騒動になりました。この騒ぎは沼垂町などへも飛び火し、竹槍などを手にした人々が警察や富商、避病院などを破壊しました。駆けつけた警察によって鎮圧されますが、死者を出すに至りました。

 この大騒動の原因は、米価の高騰、コレラ予防のための魚介類・野菜果物の販売禁止等の経済的理由や、患者は避病院に送られることなどから不安が広がり恐怖心を増幅させたことによると考えられます。『新潟古老雑話』(請求記号E9111-62)の「大コレラの時」には患者の家を見張る警官の挿絵があります。こんな風に家の出入りを監視され続けることは恐怖以外の何ものでもなかったことでしょう。全国各地で発生したコレラ騒動により、国や府県では衛生行政の見直しが緊急課題として浮上しました。国の対応を受けて、新潟県でも衛生課が学務課内の一係から独立し、町村では公選による衛生委員が置かれるなど、衛生行政の強化が図られていきました。

 コレラ予防に関する諸注意が記された「虎列拉病予防注意箇条(明治13年)」(請求記号E0311-26「虎列拉病予防村中申合約束書」)を紹介します。この注意箇条には、家を清潔に保つことや、食事での体調管理をしっかりと行うことなど、現代にも通じる家庭でできる感染症対策の基本が記載されています。


(要約抜粋)

・家屋内または屋敷内にゴミを片付けて、時々掃除をすること。

・海老・(たこ)・生烏賊(いか)天麩羅(てんぷら)ほか、消化の悪い物は食べてはいけない。

・(略)吐瀉物(としゃぶつ)で汚れた衣服・紙・手拭等に速やかに濃厚石灰酸を注ぎ、便器その他汚れた器は希薄石灰酸で洗うこと、取り扱った者は希薄石灰酸で手を洗うこと。



【『新潟古老雑話』】(請求記号E9111-62)


【虎列拉病予防村中申合約束書】(請求記号E0311-26)


【虎列拉病予防村中申合約束書】(請求記号E0311-26)