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[第31話]蒲原地域の伝説のアンチヒーロー 黒鳥兵衛

 

 黒鳥兵衛くろとりひょうえとは、平安時代後期の越後国における伝説上の人物です。


 伝説によれば、安倍貞任の残党であった黒鳥兵衛は越後国へ入ると五十公野いじみの新発田しばた市)に城をかまえ、妖しげな術や悪逆をつくして、人々を苦しめていたとされます。そこで朝廷は、佐渡に配流となっていた源義綱みなもとのよしつな(あるいは源義家ともいう)ゆるし、黒鳥討伐にあたらせます。黒鳥兵衛は妖術を使って抵抗しましたが、次第に追い詰められました。黒鳥の立てこもったあたり一帯は泥沼で、歩くことも困難な場所でした。攻めあぐねていた源義綱は、ある日、一つがいの鶴が木の枝を足に掴んで沼の上を歩くのを見て、「これこそ神のご加護」と、かんじきを作り、兵に履かせて一気に攻め込んだのです。不意を突かれた黒鳥兵衛は、ついに討ち取られ、首をはねられました。


 黒鳥兵衛は、当館所蔵の『越後泰平黒鳥兵衛一代記』(請求記号E0806‐512)では、前九年ぜんくねん合戦で敗北した安倍貞任あべのさだとうの一党として、『仁王寺にのうじ由緒』(請求記号E9908‐147)には、後三年ごさんねん合戦で敗北した清原武衡きよひらのたけひらの一党として登場するなど、様々な描かれ方をします。主人公の名前も、黒鳥兵衛、黒鳥音兵衛(『仁王寺由緒』)、黒鳥乙兵衛(『寺院明細帳』)などとあらわされ、資料によって異なっています。



『越後泰平黒鳥兵衛一代記』
(請求記号E0806‐512)

『仁王寺由緒』(請求記号E9908‐147)

 明治2年(1869)に作成された『仁王寺由緒』には、「明治元年奥羽征伐の際、黒鳥征伐の例にまかせて官軍の勝利を祈念し、赤谷へ出兵加勢いたし候」とあり、寛治かんじ年間(1087~1093)仁王寺で黒鳥兵衛調伏ちょうぶく祈祷きとうを行った伝説にあやかり、官軍へ加勢したことが書かれています。


 黒鳥伝説には、蒲原地域の地名を姓にもつ人物が登場します。黒鳥兵衛の一党に亀田三郎・鳥屋野悪五郎・横越軍治、源義綱の一党は羽生田はにゅうだ吉豊・五十嵐いからし時春・間瀬まぜ看幽などがあげられます。徐々に追い詰められた黒鳥は、ついに首をはねられました。黒鳥の首が落ちた地を黒鳥(新潟市西区)、塩漬けにされた首のあった場所から湧出た温泉を緒立おたて温泉というなど、地名の由来にもその跡を残しています。
 いくつもの写本に記され、由緒にも取り上げられる黒鳥兵衛は、アンチヒーローとして蒲原を代表する存在だったことがうかがえます。