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[第22話]小栗美作が見つめる中江用水と頸城平野

 

【中江用水路麁絵図】(請求記号F18-1316-3)


 長さが2m近くもある上の絵図は、現在の妙高市と上越市を流れる中江用水なかえようすいの絵図です。中江用水は延宝4年(1676)に完成した、総延長26㎞にも及ぶ用水路で、周辺のおよそ100ヶ村もの村々が利益を受けました。
  この用水路の開発を担ったのが、当時の高田藩家老であった小栗美作おぐりみまさかです。美作は、寛文5年(1665)の地震の際に父が死亡したため、その後を継いで主席家老として藩主松平光長まつだいらみつながに仕えました。美作は、地震からの復興のため、幕府から5万両を借り受けて高田の区画整理を断行、現在の上越市街地を形成しました。そのほかに直江津築港、新田開発、特産物振興、魚沼銀山開発など多くの施策を推進しましたが、その中でも中江用水の開削は、江戸から河村瑞賢(*注)を招いて行った大事業であり、大きな成果をあげました。用水の管理は周辺の村々によって明治中期まで続きましたが、それに関わる資料も当館に所蔵されています。
  中江用水は長野県の野尻湖のじりこの排水を関川に引水して作られ、現在に至るまで頸城平野を潤してきました。そして、その最大の功労者である小栗美作をかたどったと言われているちょんまげのついたお地蔵様が上越市(旧板倉町)の宝寿院の境内に置かれています。そのお地蔵様が見つめる先には、現在も水をたたえている中江用水と、豊かな頸城くびき平野が広がっています。

*注:河村瑞賢・・・江戸時代の豪商。東廻り・西廻り航路を開くなど、江戸時代の海運の発展に尽力。全国各地で治水工事などの事業にも携わった。



【中江用水古新村々以降条約(明治)】
(請求記号E0109-145)

【ちょんまげ地蔵】


【ちょんまげ地蔵の先にある現在の中江用水と頸城平野】(平成24年11月撮影)
※建設中の北陸新幹線も見えます。