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「答えのない学問」

 
第35回(平成27年度)
全国高校生読書体験記コンクール県入選
山田哲也さん(新潟県立新潟高等学校)

この本を読んだきっかけは父の書斎でたまたま見つけたことだ。時々、父とは哲学の話をする。今まで、興味がなかった哲学の話を聞かされていた私は父はいったいどんな本を読んでいるのだろうと思い父の本棚を眺めた。なんとなく眺めていた本棚からこの本を手に取り、読み進めていくうちに哲学に対するイメージが変わった。こんな考え方もあるのかと納得したり共感したりした。

新潟県立新潟高等学校

新潟県立新潟高等学校


この本には「意識」や「自由」とは何かなどの考えを会話式で深めていく。私はこの本の中で一番印象に残りおもしろいと思ったのは、「時」についてだ。哲学だから完璧な答えは書かれていないが、私が読んだ中で一番おもしろいと思った考え方は「永遠のいま」だ。この考えは「『いま』ということについて考えると、すべては『いま』であり、『いま』しかないように思われる。」ということだ。過去を思い出すのも未来について考えることも「いま」しかない。私の解釈では「いま」という点がつながっている、数学のグラフのようなものだと思った。過去も未来も存在しない。あるのは「いま」だけ。この考え方は普通に考えると変に思われるが否定もできないと思う。過去について考えてみよう。この本では過去について、もし5分前に「いま」あるすべてのものが創り出されたとする。記憶も5分前に創り出された。すると、もし、3日前に友達と遊んだという記憶があるだけで、本当はしていなかったことになる。「いま」しかないのだから記憶はただの妄想かも知れない。そう考えると私は今までの思い出はたんなる妄想なのかと恐くなった。受験勉強を頑張って高校に入学した、と言う事実は本当は存在しないのかも知れない。この考えはすべての物や人を否定することになる。私はこの考え方は好きではない。しかし、これについて否定することはできない。自分は「いま」しか生きていないと思うと、自分の存在している意味についても考えるようになった。一瞬一瞬の点のつながりで生きている自分は小さな人間だと思った。哲学は自分について考える手段の一つだと思う。


もう一つ、私がこの本を読んでおもしろいと思ったことがある。それは「時の流れ」だ。もし、時が止まったらと考えたことはないだろうか。時間が中断したら、それはどのくらい続くのだろう。この本では、「時間の中断」というのはおかしな日本語だと述べている。時間が中断してしまえば、その長さを計ることができない。そもそも「中断」という言葉は始まりから終わりまでの時間の間隔をもつものとして考えられているから、それを時間そのものに適用するのは間違いである。つまり、「『時間が中断する』は無意味な日本語なのだ。」そう述べられている。私はこの考え方を読んで感動した。今まで私は時が止まると、すべてのものが石のように動かなくなり、世界が写真のようなものになると思っていた。写真になる時間はどのくらいなのだろう、半日か、一年か。時間がとまれば、自然と長生きできるものだと思っていた。しかし、私はこの本を読んでこういう考え方があったのかと納得した。確かに時間が止まってしまえば、その止まった時間は何分ですか、何時間ですか、と聞かれても、そもそも時間が中断しているので答えられようがない。しかも、「中断」という言葉は無意味であるので、こういう質問はおかしい。このように、私は新しい考え方を知ることができた。


また、「時間が流れる」とはどういうことか。人は時間が経つのは遅いとか速いとか言う。時間が流れるとしたら、その流れの速さはどのくらいなのか。時速一時間?それは違うと思う。「時が流れる」という表現も無意味だとこの本で述べられている。「流れ」というのは速さをもつ。しかし、時間の流れの速さを問うのは間違っている。私は時間の進み方について何も考えたことがなかったが、この本を読んで深く考えさせられた。確かにつまらないことをやっているときは、時間がとても遅く感じられ、おもしろいことをやっているときはあっという間に時間が過ぎる。大人は皆時間はすべての人に平等にあると言っているが、自分の意識の中の世界では時間の速さは変化していくように思われる。私は時間はどのように進んでいくのか、疑問に思った。


哲学は普通の常識的な考えでは絶対にありえないだろうとされる考え方を視点を変えて追求していくとありえるようになるものだ。哲学の考えは否定できないが証明もできない。普段学校でやる答えのある勉強はもちろん、答えのない問題についても今後、自分なりの考えを深めていきたい。

 

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