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新潟県立文書館

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2014/08/21

第2回文書館教養講座「吉田松陰、越佐をゆく」を開催しました

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 新潟県立文書館では、平成26年8月21日(木)に、第2回文書館教養講座「吉田松陰、越佐をゆく―45日の滞在とその後―」を開催しました。

 講座の内容を概略で紹介します。
 江戸時代後期、西洋列強の脅威がにわかに日本周辺に迫ってきていた頃、幕末の志士吉田松陰は長州藩の下級武士の息子として生まれました。若き吉田松陰は清国(中国)がイギリスに敗北したアヘン戦争の情報を知り、強大な軍事力を持つ欧米列強によるアジア植民地化の動きが、いよいよ日本のそば近くまで迫ってきたことを理解しました。やがて、彼は自分のなすべき事を見つけるために諸国を遊学して回ります。
 彼は、東北を一周する巡遊の旅で越後・佐渡にもその足を伸ばしていました。異国船が頻繁に出現すると言われていた東北地方を巡り、海防の現状を視察しようという旅でした。
 越後・佐渡で、順徳天皇ゆかりの場所を巡り尊王の心を大きく昂ぶらせ、また天候不順により思うように海を渡ることができなかったことで、西洋諸国のもつ技術力の高さを実感します。西洋列強から日本の何を守るのか、そのためには何をしなければならないのかを明確にしていったのだと思います。
 その後の松陰は、西洋の技術力を学ぶためにアメリカ密航を企てたり、アメリカとの屈辱的な条約を結ぼうとする幕府老中の暗殺計画を立てたりと、周りの人々を驚かせる過激な行動を次々と起こしていきます。
 しかし、その行動の裏には松陰自身の確固たる信念があり、越後佐渡の足どりを追ってみると、それは越後佐渡を含む東北遊学の経験の中で培われた部分が大きかったという思いを強くします。

 参加者の感想の一部を紹介します。
○新潟、佐渡に来ていたのは最近知りました。大変興味あるテーマだったので、嬉しいです。
○興味深い内容を分かりやすくお話いただいた。
○松陰が新潟に旅して、歴史をつくっていったことに興味を感じました。大変楽しく松陰にますます興味をもちました。


講座の様子

 これからの県立文書館の主催講座はこちらをご覧ください。
14:35 | 平成26年度