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新潟県立文書館

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2016/07/13

第1回文書館教養講座「河井継之助が信じた男」を開催しました

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  新潟県立文書館では、平成28年7月13日(水)に、第1回文書館教養講座「河井継之助が信じた男-富国強兵に導いた懐刀-」を開催しました。

   講座の内容を概略で紹介します。   

 越後長岡藩士村松忠治右衛門は、幕末の頃、ペリー来航直後の安政元年(1854)に勘定頭として藩の財政再建を任されました。
 当時の長岡藩は財政難にあり、倹約と領内への度重なる才覚金でも財政回復の目途が立たない状況でした。
 村松は、「利を起こすのは利はまず暫く差し置いて害を除くの利を心懸け」ながら財政難の原因の分析をし、不正の摘発・勘定所機構改革を行い、藩を富国強兵に導くのだという理想を掲げ改革を推し進めます。財政の回復の兆しが見えてくる中、彼はさらなる改革に向け、藩主にあてて意見書を提出しました。しかし、身分の壁に阻まれ意見書は藩主まで届かず、彼の理想はここに挫折をしてしまいます。
 しかし、同じ理想を抱いていた同志の河井継之助が登場することにより、再び村松の理想は次々に実現していきます。慶応3年(1867)末の段階で藩の余剰金は約10万両、そのうち約7万両を武器新調の費用に充てられるほどまでに藩の財政は回復しました。幕末の長岡藩の財政回復は、村松忠治右衛門によって方向づけられ、河井継之助が加わることで見事に結実したのだといえます。
 そして、北越戊辰戦争の際には、最新鋭の武器を揃え迫り来る新政府軍に対し抵抗しうる実力を備えるに至ったのです。
 
 参加者の感想の一部を紹介します。
O深い内容でした。地元の埋もれた人材を知る機会となり意義がありました。
O今まで知らない村松忠治右衛門のことを紹介してもらい大いに参考になった。こういう人を発掘していく作業は貴重な仕事だと思う。
O村松忠治右衛門という方を初めて知りました。本当に新潟県人も捨てたものではないと思います。

 
講座の様子

第2回教養講座はこちらをご覧ください。

18:33 | 平成28年度