闘う舞踊団

第45回(令和7年度)
全国高校生読書体験記コンクール入賞
松縄 ももこさん(新潟高等学校)


(取り上げた書名:『闘う舞踊団』/著者名:金森 穣/出版社名:夕書房)

 公共劇場専属舞踊団。この言葉からパッとその集団の名を連想できる人は未だ少ないであろう。なんせ公共劇場専属舞踊団は、日本にまだ一つしか無い。りゅーとぴあ・新潟市民芸術文化会館を本拠地として、コンテンポラリーダンスを踊る舞踊団、Noism Company Niigataである。今年、設立から二一周年を迎えた。今回題材にした本は、Noism Company Niigataを設立し、以降ずっと振付をしながら率いている金森穣さんが、設立から十八年目の年に書いた本だ。題名は「闘う舞踊団」。そう彼は、彼らは、私が生きる地新潟で、今も、闘っている。

 私は小学生の頃、ダンスを習っていたのがきっかけでNoismに出会い、以降ずっと、年二回のりゅーとぴあの公演には毎回欠かさず通っている。「闘う舞踊団」は元々母が買って家にあったが、難しそうだったので当時中学二年生の私は読まなかった。今回初めて読んで、金森さんやNoismを構成する予想を超える程の様々の「闘い」、彼ないし彼らを支える人々の姿、そして舞踊という芸術の尊さが見えてきた。

 「闘う舞踊団」の中で、金森さんは、「我々は一時間ほどの作品を提供するまでに、実に四四八時間三〇分をかけている。」と述べている。舞踊家は、たった一瞬とも言える舞台上での輝きのために、長大な時間をかけ、自己と闘い時に自分以外の舞踊家や振付家と意見を交わしながら、踊りを研磨してゆく。そしてその間も、舞台に立っている間も、舞踊家として命を削っている。Noismの舞踊家である糸川祐希さんは、雑誌のインタビューで「人生を賭けて踊っている」と語った。舞踊家という生き方への相当の覚悟を、私はこの本を読んで知った。そして舞台を観にいく、舞踊家の「一瞬」に立ち会うということは、劇場へ行きチケットを買えばすぐに手軽にできることではあるが、同時に実にとてつもなく密度が高く重たく、そして貴重で尊いことであるとわかった。

 彼らの、「闘い」は、自己やNoismメンバーとのものだけではない。実に金森さんは、様々な人と闘いNoismを設立し、また様々な人と闘いながらNoismを率いてきた。その時に金森さんが受けた批判の数々も、本の中に赤裸々に書かれている。中でも大きな「闘い」は、Noism存廃問題であろう。劇場専属舞踊団という例を見ない集団であり、また新潟市のお金を使って活動している集団であるから、その問題はつきものだ。しかし金森さんはいくら批判を受けても、Noismを新潟に残す道を選び続けた。二〇一九年には、地域貢献のための活動を積極的に行うことを条件に、市がNoism存続を認めた。その活動として市民のためのオープンクラスや、小学校へのアウトリーチを始め、今も続いている。様々な人の支え、そして様々な人との闘いがあったからこそ、今まで闘ってこられたと金森さんは書いている。

 この本を読んで私は、もっとNoismを支えたいという思いに駆られ、Noismの活動支援会員になった。八月の初め、活動支援会員限定の公開リハーサルへ赴いた。普段舞踊家が稽古をしているスタジオへ入りその踊りに立ち会うことのできる、とても貴重な機会だ。本を読み切ってから初めて観るNoismの踊りに私はとてもワクワクしていた。公開リハーサルでは、八月末に行う公演の演目の通しが披露された。近ければ三〇センチ、遠くても数メートルという舞台よりもずっと近い距離で、舞踊家たちが汗を流し、とばし、呼吸をし、時に足音を立て、他の舞踊家と目線を配せ息を合わせ、必死で踊っている。本当に舞踊に命を賭け、命を削って、生きている。ただただ、圧倒された。そして彼らは決して、公開リハーサルや舞台で客の前だけで命を削っているのではない。彼らは毎日、舞踊というものに対し、膨大なエネルギーを捧げているのだろう。そんな人々が、集団が、今私が生きる新潟に在るということが、奇跡なのではないかとまで思えた。

 公開リハーサルの終わりには金森さんに質問ができる時間が設けられていた。私が思い切って質問をすると、金森さんは本当に優しく丁寧に答えてくれた。スタジオを出る時、手まで振っていただけた。これ以上嬉しいことは無いとまで思えた。

 金森さんは本の中で「太陽光を受けた月が発光するかのように、眼差しという光を受けて輝く。それが舞台という場なのだ。」と語る。私たちは、彼らを見逃してはならない。とてつもない時間が凝縮された一瞬の輝きを。そして私たちは彼らという存在に感謝し、大切にしなければならない。舞踊に一生の命を、人生を賭け、捧げ、そして私たちがそれに立ち会う機会を与えてくれる人々の思いや、姿勢に。そんなことを「闘う舞踊団」を読み公開リハーサルを観て、感じた。

 彼らは、今この瞬間も、闘っている。

このエッセイに関連する本