また出会いたいもの

第43回(令和5年度)
全国高校生読書体験記コンクール入選
石崎有羽希さん(私立第一学院高等学校 新潟キャンパス)


(取り上げた書名:『ぼくの宝ばこ』/著者名:少年アヤ/出版社名:講談社)

 私は過去のことを記録するのが苦手らしい。そう感じてしまうたびに確かにあったはずの過去をいくつ忘れてしまって失ったのだろうと怖くなる。
 この本は私にとって、何度も読み返したくなる本だ。できれば、この本に関しては関連するすべての記憶を消し去りたい。そしてもう一度読みたい。初めて読んだ時の感動をも一度味わいたい。そう思うくらいにこの本は私にとって特別な存在だ。だから、読書体験記の題材にすることにした。なぜこの本はそんなにも私にとって特別なのか、自分の気持ちを整理するため、読書体験記を書く。
 本書は作者が「宝もの」だと感じる記憶や想い、ファンシーなおもちゃなどをテーマとした、三十七本のエッセイから成る。
 私が導き出した、この本が私にとって特別である理由は、本の中から見えてくる作者の感性が私のものと非常に近いから、というものだ。ここでいう「感性」とは個人の心のフィルターを介したものごとの捉え方、という意味である。
 私と作者は感性が似ている、そう感じさせられた瞬間はたくさんある。作中で、作者は必要もないのにピンクやみずいろの絵の具をパレットに広げる。そしてそれを眺めて楽しんでいた。私もパレットの上に乗った絵の具だけにある、普段見る色にはないような魅力を感じたことがあった。自分で混ぜ合わせて作った絵の具の色をすごく気に入って、それが乗ったパレットを何日も洗い流せないでいた。
 だが、まるで私自身がこの本の中にいるかのように感じた、特に印象的な場面がある。
 作者は幼い頃に家族と一緒に行った海での出来事を回想している。その浜辺に見慣れない白いつぶがあり、拾って眺めていたところ、母にイカのたまごだと言われて驚いたそうだ。そして自分が触ったせいでそのイカが生まれてこなかったらどうしようと思うのだった。
 この場面を読んで作者のことをとても他人だとは思えなかった。私は、小学生の頃に理科の授業でメダカのたまごを観察したときのことを思い出した。たまごをできるだけ丁重に扱ったものの、やはり触ってしまったことに対する不安は感じずにはいられなかった。その不安とは作者が抱いていたものと同じであった。誰かにこの気持ちを伝えたところできっと分かってはくれないだろうと思い、ただ一人で苦しんだ。それと同時に生命の神秘や未知にも触れていて、メダカの無事を確かめるためだけでなく、どうしてこの小さな玉から命が生まれるのだろうという不思議を解明するために、ひたすらたまごを覗き込んでいた。
 作者と私の結びつきを、今一度俯瞰して考えてみた。すると、私が惹かれている作者の感性とは、今現在の私ではなく、過去の私のそれに近いのではないか、と思った。きっと今はメダカのたまごを触ることくらい訳ない。なぜならメダカのたまごとは触れば消えてしまうシャボン玉のように儚いものではないと今は分かるからだ。本書が特別なのは今は決して戻ることができないあの頃の私と久しぶりに対面させてくれたからであり、つまりこの本と共に特別だったのは過去の私だった。
 私は過去の自分を大切に思っていたこと、そして私には忘れてしまって失ったものばかりではない、ということに気がついた。過去とは、予期せずに蘇る。生きているといろいろな場面で過去の私がふと顔を覗かせる。イカのたまごの話のような私の記憶を呼び起こすものは、きっとこの世界にたくさん散りばめられているのだろう。そう思えるようになった私は少しだけ今を生きていく恐怖を手放せたような気がする。今までの私は確かに存在した。何気ない今日という日の私とは、今日で永遠の別れではない。そして今は、私自身が編み出す言葉の中でも、また過去の自分に出会えるという安心感がある。その確信はこの読書体験記が証明してくれている。私の中で形なく渦巻いていた思いをきちんと言葉に収めることができたから。
 過去の私と向き合う時間とは、今の私にないものを過去の私の中に見出して戻れない過去を嘆くためのものではない。過去の私から何かを教えてもらう時間だ。時が経ち、メダカが生まれてこなかったらどうしようという胸の痛む苦しみをもった私を、今の私は愛しく思う。今、私は受験期で不安から自分自身を責めてしまうことばかりだが、未来の私はきっと今の私を愛しているはずだ。未来とは先が見えないものだが、今の私を認めてくれる私がいるなら恐ろしいものではない。
 私は、その未来の私にとってきっと特別である今日の私を書き残す。いつか私に成長や発見、あとは懐かしさを与えてくれる存在として、また今日の私と出会いたい。そして私が数多く持っている「宝もの」の一つであるこの本をこれからも大切にしていきたい。

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