『ポジティブ』に捉えるか『ネガティブ』に捉えるか
第45回(令和7年度)
全国高校生読書体験記コンクール入賞
八百枝 奈瑠さん(第一学院高等学校 新潟キャンパス)
(取り上げた書名:『砂の女』/著者名:安部 公房/出版社名:新潮社)
「逃げるてだては、またその翌日にでも考えればいいことである。」
こちらは「砂の女」の最後の文章である。この発言に至るまでの経緯を説明すると、砂丘に昆虫採集に出かけたある男が女一人が住んでいる砂穴の底にある家に閉じ込められてしまう。男は女や集落の人々に妨害されながらも脱出を何度も試みるが、失敗してしまう。ある日、男は溜水装置を発明する。そして女が子宮外妊娠のため町の病院へ運ばれる。その際砂穴に梯子が取り付けられたままになっていた。脱出できるチャンスなのである。しかし、男は溜水装置のことを集落の人々に話したいがために砂穴に残る決意をする、というのが経緯である。
私が本作を初めて読んだのは小学五年生の時で、その結末に絶望した。男は折角のチャンスを逃してしまった。もうこんなチャンスはないのかもしれないのに。取り残された男 の元の家族が不憫でならない。そう、ネガティブな感情になった。
時が過ぎ高校三年生の時に、作者である阿部公房の生誕百周年を祝うイベントを主催した。「砂の女」の映画の上映や映画の感想交換会、「砂の女」の読書会を行った。映画は安部本人が脚色したので原作に忠実なものだ。映画を鑑賞して、目で読んだことを観てみて、情景をつかむことができた。また、感想交換会や読書会にてたくさんの人と感想を交換して、新たに感じたことや、小説や安部の背景について学んだことがたくさんあった。また、学びを深めるためにさまざまな考察を読んだ。その中で印象に残った解釈があった。それまで、砂穴でひたすら外に出たいと願っていた世界は、以前の生活でしかなかったのだが、自由とは、そこに戻ることではないと溜水装置の発明から男が回心していったのではないか、というもの。発明により穴の暮らしそのものを変革する可能性に自由を見出したのだ。これまで私はこの出来事をネガティブに捉えていたが、この考えを知り、ポジティブな捉え方ができるようになった。自分が苦手だったり好ましくない場所や状況にいる時は逃げることを試みたりじっとしていても変わらない。その中で自分の生きがいや面白いと思うこと、モチベーションとなることを見つけると暮らしが変わる、という教訓に思えた。本文にも「べつに、あわてて逃げだしたりする必要はないのだ。いま、彼の手のなかの往復切符には、行先も、戻る場所も、本人の自由に書きこめる余白になって空いている。」と書かれている。
私は周りにある、今の状況は好ましくないなと感じたものを自分の手で変革することにした。まずは苦手教科の学習。勉強していても何度もつまづくばかりで苦手に感じていた。しかし、問題を正解させる度にお菓子を食べることでモチベーションを上げることができた。そして、私は現在進行形で能登半島地震の復興に頭を悩ませている。私の周りでも被害が出たり、私の好きな俳優である仲代達矢さんの拠点だからである。だが、復興の兆しがない。そこで、被害が特に大きかった石川県七尾市へ復興ボランティアを行いに行った。数年間復興の兆しが見えなくて悩んでいたが、「自分で動けば良いんだ」と考えて参加してみて、復興に自分の手で少しでも近づけたことに感動を覚えた。また、能登演劇堂で行われた復興公演にも足を運んだり、能登でお金を使ったりした。「自分から動いたら少しでも何かが変わるかもしれない」という希望を抱きながら活動することで、悩んでいたことを解決することができることを学んだ。能登はまだ復興に数年かかると聞いたため、通い続け、微力ながらも今の状況を変革できるようにしていきたい。
自分が好ましくない状況にある時は変革する時をじっと待つのではなく、自分から行動する。その中で生きがいやモチベーション、変革するきっかけを見つける。自ら行動して少しずつ状況を変革させようと試みる。生活をより良いものにする、環境に適応するヒントを私は「砂の女」から得た。また、はじめはネガティブに、悲壮的に感じていた本作のラストが、違う視点から見ることでポジティブに、希望をもつことができた。そして自分の暮らしへのヒントとなった。これからもこの教訓は生活の小さいところから大きいところまで役立つだろう。そして、小説はどんな解釈をしても良い。広い考えを持ったり、視野を広くしたりすることで、一つの小説からたくさんの学びを得ることができる。これらを通して、一つの考えや行動に縛られず、たくさんの考えを持ち、それらを暮らしに役立てたいと感じた。