[第48話]明治天皇もご覧になった地中より燃る火 越後の七不思議・火井(天然ガス)

 未来のエネルギー資源として期待されているメタンハイドレートが新潟県の沖合に埋蔵されていることが確認され、注目を集めています。メタンハイドレートはメタンなどの天然ガスと水が結合してできた氷状の固体結晶で、「燃える火」ともいわれています。いずれは枯渇してしまうかもしれない石油や天然ガスに代わるエネルギーと考えられています。

 エネルギーといえば、越後は古来から地下資源大国でした。例えば、石油は「燃える水」と呼ばれ、天智天皇7年(668)に越後国が都に献上したことは有名です。現在でも国内で生産される原油の55.3%、天然ガスの71.7%は新潟県内で産出されています。(「原油・天然ガスの生産概況(平成24年データ)」新潟県産業振興課新エネルギー資源開発室ホームページより)。

 天然ガスは、江戸時代以降、「越後の七不思議」のひとつに数えられ、とにかく「奇異な現象」であったようです。天然ガスが噴き出る井戸は「火井かせい」と呼ばれ、様々な書物に登場してきました。『北越奇談ほくえつきだん』(橘崑崙たちばなこんろん著)では、燃土もゆるつち燃水もゆるみず白兎しろうさぎ海鳴うみなり胴鳴ほらなり無縫塔むほうとうとともに「いにしえ七奇しちき」として紹介されています。「入方にょほう村(如法寺にょほうじ村、現在の三条市如法寺)のある百姓の家炉いえろの隅に、石臼をおき、その穴に竹をさして火をかざすと音がして火がうつり、盛んに燃えて炎は1尺(約30センチメートル)程もあがる。縦横に竹を組み合わせれば、その竹の穴ごとに火が燃える」と、その様子を葛飾北斎かつしかほくさいの挿絵付で述べています。見物しているのは噂を聞きつけて立ち寄った旅人でしょうか。物珍しさから多くの見物人が訪れたようです。明治天皇も明治11年(1978)の北陸巡幸ほくりくじゅんこうの際に立ち寄られ、ご覧になったといわれています。挿絵を描いた葛飾北斎の著名な画集『北斎漫画ほくさいまんが』にも、竹から燃え上がるガスの炎を描いたスケッチを見出すことができます。このスケッチからは、ガスの炎を照明として利用していた様子がわかります。

「入方村火井の図」の画像
【『北越奇談』「入方村火井の図」】(請求記号 E0806-353)
「越後入方の奇火」の画像
【『北斎漫画』「越後入方の奇火」】(請求記号E9314‐2‐133‐2)

 火井についての記述は、『北越雪譜ほくえつせっぷ』(鈴木牧之すずきぼくし著)、『二十四輩巡拝図絵にじゅうしはいじゅんぱいずえ』(僧了貞そうりょうてい著)にも取り上げられています。火井の所在地は、如法寺村のほかにも一之宮いちのみや村(現小千谷市)・五日町(現南魚沼市)・間瀬口ませぐち村(現糸魚川市柵口ませぐち)などが挙げられます。

 しかし、火井から自噴じふんする天然ガスは簡単に採取できる反面、その使い方は危険を伴うものでした。そのため、県内各地に火井は存在するものの、この頃はまだ広く県民に供給できるものではありませんでした。明治時代に入ると、天然ガスの役割は「灯り」としての存在意義が強くなり、ガス灯などとして利用されるようになります。「灯り」として利用していたガスが、「熱を発するもの」として暖房器具や調理器具などに利用されるのは20世紀に入ってからのことです。新潟県内では、長岡で明治38年(1905)から、新潟で明治44年(1911)からガス事業が始まりました。