古文書解読の基礎知識

1.はじめに

近世(江戸時代)は「村」の時代ということができます。

近世の「村」は現在の「大字(おおあざ)」にほぼ一致するのですが、この「村」は太閤検地以降、江戸時代を通して政治・社会の基礎単位として生き続けます。領主は「村」ごとに民衆を支配し、民衆は「村」を生活の基盤としたのです。

「村」には庄屋(名主)・組頭・百姓代と呼ばれる村役人がおりました。彼らは村の行政の主たる担い手で、たくさんの文書を蓄積していました。例えば、年貢 の納入に関わるもの、現在の戸籍にあたるものなどです。今の役場の役割を村役人となった百姓が果たしていたと言ってもよいでしょう。彼らの蓄積した文書は 年間で約40点、江戸時代の文書が欠けずに全て残っているとすると、総数は約1万点に及ぶと言われています。これらの文書は、各村の旧庄屋家に伝わってい たり、村の共有財産として伝わっていたりします。

このインターネット古文書講座では、これら近世の村の文書(村方文書)を主にテキストに使用し、村の歴史や先祖の生きる姿にアプローチしてみたいと思いま す。古文書は「ミミズがはったような文字」と言われるようになかなか難しいものです。最初は読めない文字がたくさんあって大変かもしれませんが、この講座 で基礎を身につけ、数をこなせば次第に読めるようになると思います。あきらめずにがんばりましょう。

2.近世古文書の特徴
  1. 草書で書かれています。
    草書の書きやすさが優先されていますので、省略・変形が多様に行われ、同じ文字でもくずし方・筆順が異なったり、別の文字でも同じようにくずされたりします。
  2. 書風はお家流です。
    平安時代の和風書道の一派だった青蓮院流が室町時代頃より和様の主流になります。江戸時代に入ると、この書風は公式文書の主流として採用されたため、幕府文書の書体がお手本となって全国津々浦々まで普及します。
  3. 候文で書かれています。
    例えば、「・・・・・・日当り悪敷候(ひあたりあしくそうろう)」のように、「・・・・・・・候(そうろう)」が頻出します。「候(そうろう)」は文章を丁重に表現し、また文章の調子を整えるため、文の切れ目・終わりの部分に補助動詞として使用されます。続けて音読するとその調子の良さに気づかされます。
  4. 和漢混淆文で書かれています。
    例えば、「相違無御座候(そういござなくそうろう)」や「可被仰付候(おおせつけらるべくそうろう)」のように、和文の中に漢文で使われる返って読む文字(返読文字)が混じっています。
  5. 異体字が使われています。
    古文書には現在標準とされている文字とは異なる字体が用いられています。
  6. 変体仮名が使われています。
    平仮名が漢字の草書体から生まれたことはよく知られていますが、一つの音に一つの文字が決められたのは明治33年以降のことです。それ以前は、一つの音に複数の文字があったようです。明治になって採用された文字以外を変体仮名といいます。例えば、「乃」は「の」のもとの漢字ですが、「能」も「の」と読みます。この場合の「能」が変体仮名です。
  7. 近世古文書に特有の用字・用語があります。
    (例)急度・屹度・・・きっと(必ず、きびしく)
    草臥・・・くたびれ(疲れ)
    爰元・爰許・・・ここもと(拙者)
    扨・・・さて(それで、ところで)
    鳥渡・・・ちょっと(しばらく、少し)
    無拠・・・よんどころなし(やむを得ない)
3.古文書のかたち
  1. 一紙もの
    用紙一枚か、それを張り継いで長くした紙に書き込み、巻物形態にしたもの。訴状・願書類や年貢の割付状・皆済目録、証文類はこの形をとります。
    一紙ものの画像
  2. 竪帳
    用紙をたてに二つ折りにし、袋とじにした帳面。
    検地帳・宗門人別帳・五人組帳・村明細帳などの領主向けの公式帳面は、原則として全てこのかたちをとります。
    竪帳1の画像竪帳2の画像
  3. 横帳
    用紙をよこに二つ折りにして綴じた帳面。細字で記入すれば竪帳より多く記載でき、紙の節約にもなります。年貢算用帳・小作収納帳など数字を列記する場合や、覚帳・日記などはおおむねこのかたちをとります。
    横帳1の画像
    横帳2の画像