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新潟県立文書館

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2017/06/28

第1回文書館教養講座の様子を紹介します

| by 文書館

新潟県立文書館では、平成2967日(水)に、第1回歴史講座「新潟県の高校野球草創期-新しいスポーツの台頭-」を開催しました。

 

講座の内容を概略で紹介します。

近代スポーツは、学校教育と結びついて普及し、全国的に発展していきました。県内でも、スキー、バスケットボール、テニス、水泳、野球などが発展しました。

野球界では、明治42年(19097月「野球の名付け親」と言われた中馬(ちゅうま)(かのえ)が糸魚川中学校に教頭として赴任します。彼は存続の危機にあった学校のために尽力しています。明治45年(19121月には、新潟中学校に異動となり、教頭、校長を歴任しています。このとき野球を含む様々なスポーツを通じて、生徒と教員との信頼関係を築くことに取り組みました。

大正4年(1915)第1回全国中等学校野球優勝大会(現在の全国高等学校野球選手権大会)には北陸大会(福井、石川、富山、新潟、長野)が間に合わず、第2回大会から北陸大会を予選会とし、代表1校が全国大会に出場しています。

新潟県で全国大会に初出場したのは、大正7年(1918)第4回大会の長岡中学校でした。しかし、大会直前に米騒動が起こり、大会自体が中止となりますが、第7回大会まで4年連続で出場を決めています。

大正11年(1922)の第8回大会では新潟商業学校が初出場しました。残念なことに主力選手のけがを理由に辞退しています。翌年の第9回大会の2回目の出場時は、その実力が発揮され2回戦まで勝ち進みました。大正15(1926)、第12回大会に3回目の出場のときには、優勝候補の一角に選ばれるほどでした。

県内高校野球の草創期は、長岡中学や新潟商業が全国大会で大活躍しました。現在も、年々実力をつけ、他県に引けを取らないほどにまでなってきています。ぜひ、草創期に思いを馳せながら、高校野球観戦をしてみてはいかがでしょうか。

 

◎参加者の感想の一部を紹介します。

・中馬庚という人物に興味を持ちました。大正期の新潟商業の力量はすごかった。

・普段考えていない話が聞けて面白かった。大正時代は新潟県の高校野球が強かったのには驚いた。
 ・山本五十六の名前がでてきたのにはびっくり。

・色々と調べられて大変だったと思われました。なかなか分からないことなのでよかった。

 
                     ≪講座の様子≫


古文書解読講座(夏季)についてはこちらをご覧ください
第2回教養講座についてはこちらをご覧ください
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