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[第50話]ご祝儀はネギたくさん! ~明治・大正期の結婚ご祝儀~

 

 日々の暮らしの中で、冠婚葬祭によるお付き合いは欠くことのできないものです。特に、慶事・弔事に贈り物をすることは、様々な儀礼が簡略化される現代においても根強く残っています。その中でも今回は、結婚におけるご祝儀について紹介します。


 「ご祝儀」というと現代では、お祝い金を贈ることが主流になっています。もちろん、お祝い品をあわせて贈ることもあります。しかし、かつては品物を贈ることの方が多かったようです。


 それでは、どのような品物が贈られていたのでしょうか。魚沼地域と蒲原地域の事例を見てみます。まずは魚沼地域です。北魚沼郡下倉村五十嵐家の『御祝儀諸品覚帳(嫁取り)』(明治18年)からは、野菜・きのこ・たけのこ・豆腐・ネギ・なた豆・菊など、山や畑で採れた食材が贈られていることがわかります。また中魚沼郡北鐙坂きたあぶさか村小山家の『婚姻御祝儀覚帳』(明治29年)では、白足袋・扇子などに加え、茶・蒟蒻こんにゃくいも・ニンジン・キクラゲ・雌鳥めんどりなどが贈られています。それも「山百合大壱〆(貫)貮百目(匁)」「牛蒡ごぼう二十五本」など、たくさんの野菜が贈られているのです。この二家を見ると、明治10年代から20年代の魚沼地域のご祝儀は食料品が多かったようです。次に、蒲原地域を見ていきます。新潟町大助買おおすけご(店舗を持つ魚屋)片桐家の『祝儀至来控』(明治44年)では、ビール・末廣すえひろ(扇子)・白足袋・夏シャツ・八つ橋など様々な品物が贈られています。ビールについては、銘柄まで書いているものもあります。ビールは明治になって普及し始めますが、当時は高級品でした。そのため、北蒲原郡保田やすだ村斎藤家のような大地主の『婚礼祝儀受納帳』(大正元年)からも、ご祝儀として贈っている例を見ることができます。明治後期から大正期の蒲原地域では、末廣や白足袋といった近世から続く縁起を重視したものや、ビールやシャツなどの明治になってから流通し始めた品物がご祝儀として贈られたようです。


 当館所蔵の明治・大正期のご祝儀帳を見ると、様々な品物が贈られているのがわかります。酒類は贈答品として今も昔もよく選ばれていますが、その他の品々については最近では贈答品としてあまり目にしなくなったものばかりです。年代・地域・贈る人によってご祝儀が様々であったことがうかがえます。


 ご祝儀として品物を贈ることは時代と共に少数派となり、次第にお祝い金を贈ることが多くなりました。ご祝儀は縁起の良いものから生活必需品に至るまで、贈る相手を思って選んでいることに違いはありません。しかし、品物の場合はどうしても重複が出てきますし、自宅から市街地の式場へと挙式会場が変わっていくと、様々な品物を集落から離れた挙式会場で受贈することが難しくなります。その結果、持ち運びが容易で結婚する当人たちが必要に応じて何にでも使うことができるようにと配慮する気持ちが、ご祝儀を様々な品物から金銭へと変化させ、定着させていったのかもしれません。



北魚沼郡下倉村五十嵐家文書『御祝儀諸品覚帳(嫁取り)』 (明治18年 請求記号:E0404-177)


中魚沼郡北鐙坂きたあぶさか村小山家文書『婚姻御祝儀覚帳』 (明治29年 請求記号:E0501-F-3-1)


新潟町大助買おおすけご片桐家文書『祝儀至来控』 (明治44年 請求記号:E1015-99)