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[第7話]学歴は図書館卒!?歴史地理学者吉田東伍

 

 吉田東伍よしだとうごは、元治元年(1864)に北蒲原郡保田やすだ町(現阿賀野市)に生まれました。歴史地理学者であり、『大日本地名辞書』の著者として有名です。東伍は10歳で新潟学校へ入学しましたが、13歳の時に退学しています。東伍が受けた学校教育は、わずか4年半でした。

 【大日本地名辞書】(請求記号E9512-1~3)


 しかし、それからは仕事をしながらも、休日には図書館通いを続けて研究や執筆を進めました。ある時、出版社の人が東伍の下宿を訪ねたときに、資料や参考書などが全く見当たらないことを不思議に思いましたが、東伍は、「自分は図書館に行って調べるから手元に参考書はいらない」と言ったそうです。そのようなことから、学歴を問われたときには「図書館卒業です」と答えていたとのこと。
 このような東伍の研究に対する姿勢は、生まれ育った環境も関係していたのかもしれません。東伍の生家、旗野はたの家は庄屋をつとめた家柄ですが、家には地元の歴史を記録した古文書や絵図などがたくさんありました。父母や兄も学問好きで、父木七きしち(古樹ふるき)と兄余太郎よたろう(廉堂れんどう)の歌集『幡野刈はたのかりくさ・廉堂遺稿れんどういこう』が出版されたほか、叔父十一郎じゅういちろうは地元に学校を設立するなど、東伍に大きな影響を与えています。当館では、保田町に関する古文書も多く所蔵しており、その中には「木七」や「余太郎」の名前が書かれたものもあります。それらを通して、東伍の学問の原点を調べてみてはいかがでしょうか。
(参考文献:『吉田東伍記念博物館ブックレット③小伝吉田東伍』)


【幡野刈くさ・廉堂遺稿】
(請求記号E9111-1649)

【明治7年の保田町の文書(父木七の名前が見える)】
(請求記号E9321-1-593)