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「野望を抱く」

 
第32回(平成24年度)
全国高校生読書体験記コンクール県優良賞
本間慧子さん(新潟県立新潟高等学校)

私の将来の夢は、小児科医師になることである。そしていつかは、自分の医院を開業したいと思っている。この夢は私が、小学校高学年であったときから持ち続けており、早六年の月日が流れた。我ながら感心する。

新潟県立新潟高等学校

新潟県立新潟高等学校


だが現実は酷なのだ。それはすでに、私の前に大きな顔をしてふんぞり返っている。勉強が何よりだと言わんばかりに。なりたい気持ちだけでは医師になることは不可能だと、私も重々承知の上だ。逃げる気はない。しかしここ最近、勉強がうまくいかなくなり、立ち止まりたくなることが多くなってしまった。本当に自分は医師になれるのか、そんな不安な気持ちが現実にぶつかっていくことを躊躇させている気がした。そんな私に母は、「あなたが成人した時に、読ませるつもりだったのだけど。」と言って一冊の読み古した本を渡してきた。それが私とこの、パルモア病院日記の出会いである。


画家のいわさきちひろさんが描いた、可愛らしい赤ん坊の表紙から始まるこの本。中身は、現在の周産期医療を提唱し実践した小児科医師である三宅廉さんを紹介した本であった。幼児特有の病気や、パルモア病院の歴史など、興味を惹かれることがたくさん詰められていたが、何よりも私は三宅先生の言葉に魅せられてしまった


三宅先生は闇の谷、いわゆる生まれおちた瞬間におこる産科と小児科のはざまに放置された赤ん坊たちを救うためにパルモア病院を開業した。彼が実際に診察し命を救われた赤ん坊は数知れず、周産期医療が定着した現在では、私たちも彼に救われていると言えよう。また、先生は七十歳を過ぎても母親一人一人に、育児のアドバイスや母乳の大切さを説き続けた。立っていることがつらくなり、医院内のエレベーターで椅子を使うことになってもなお。しかし三宅先生の口癖はこうだ。「右手のことを左手に知らせるな。」たとえどんなに良いことをしたとしても、人に知らせてはならない。良い行いをすることは人として当然である。人に言わずとも神はちゃんとご覧になっている、という意味である。クリスチャンでない私だが、なんといい響きの言葉だろう、なんと素晴らしい先生だろうと感動した。


だが私には三宅先生の言葉の中で一つだけ、腑に落ちないものがあった。「大人には興味がない。新生児の無限の可能性に私は心を打たれる。」という言葉である。私は人は皆、無限の可能性を秘めていると思っている。だからこの言葉だけは納得しがたかった。しがたかったが、してしまった。祖父がきっかけである。


祖父は脳梗塞で倒れてから健康とはいえなくなり、今では介護が必要になっている。私は塾や部活、受験もあったため最近まで祖父の元を訪れられなかった。そしてやっと何ヶ月ぶりに会いに行った。絶句した。祖父はもう自力で起き上がることができず、ずっと仰向けに寝転がっていた。たまに起き上がりたいと言い、母に支えてもらいながら、机に手をつき一生懸命身体を起こすのだ。そんな祖父の姿は、赤ん坊そっくりに見えた。それに気付いた瞬間だろうか。目頭が急に熱くなった。祖父が衰弱しきっていたことが悲しい。死が身近に迫っていることが怖い。普通はこうだろう。だが私にはもう一つの思いがあった。嬉しかった。赤ん坊のようになった祖父を見つめながら、祖父のような状態の赤ん坊をイメージし比較した。二者とも身体的な条件はほとんど変わらないのだが、後者から感じられる秘められし可能性は比べものにならないほど膨大であったのだ。三宅先生の言葉通りである。三宅先生に近づけた。不謹慎であるが、それがたまらなく嬉しく、私は感極まったのだった。


私はやはり小児科医師になりたい。学習面の方は問題ありすぎるのだが、パルモア病院日記で三宅先生と出会えて、やる気と興味はあり余るようになったと思う。今まで、赤ん坊が可愛いから小児科医師になりたいと豪語していたのだが、今は彼らの無限の可能性を引き出すために、医師になりたいと思っている。無論、たくさんの子どもたちとふれ合うことも辞さないが。三宅先生から受け取ることができたやる気と興味で、最後まで進み続け、現実に立ち向かって行こうと思う。そしてもし夢が叶った時には、彼と同じように

「患者に休日はないのだよ。」と周りの人に満面のしたり顔で言ってやろうと考えている。

 

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