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「支え、支えられて」

 
第32回(平成24年度)
全国高校生読書体験記コンクール県入選
長崎世那さん(新潟県立高田北城高等学校)

世界中どこを探しても、自分一人で生きている人はいない。ほんのわずかな所でも誰かに支えられ、生きているのだ。

新潟県立高田北城高等学校

新潟県立高田北城高等学校


物語の中には、体が弱く、無理をするとすぐに寝込んでしまう若だんなと、彼の兄、そして、彼らの家に住みつく妖が登場する。ある日、若だんなのもとに送り主の分からない「お願いです、助けてください。」と書かれた木札が届いた。そこで彼は、木札の送り主を探すとともに人助けをしていく。体が弱く、兄や妖たちに止められながらも、人助けを続けていくのだ。これまでの私にとって「人助け」というと、警察官や消防士、海上保安庁などのニュースでよく聞くような人がしていることとしか思わなかった。勿論、私とはほぼ無縁の遠い存在だと考えていた。しかし若だんなの「人助け」を読んで、私の考えが変わった。


私の父は、自営で船の機械を修理する仕事をしている。そのため、家には毎日のように電話が掛かってくる。そんなある日、私がテレビを見ているといつものように電話が掛かってきた。私は面倒だなと思いながらもその電話に出た。すると聞いたことのない声のおじいさんが、「お父さんおるかね。」と聞いてきた。どうやらおじいさんは、父に船のレーダーを直してほしいというお願いの電話を掛けてきたらしい。私はその電話を切った後、すぐに父に電話を掛けた。おじいさんからの電話の内容を言うと父はすぐに「わかった。」と一言言って電話を切った。このような電話は、このおじいさんが初めてではない。家にいると毎日電話が掛かってくるのだ。正直私は、面倒だと思っていた。どうしていつも家にばかり仕事の電話がくるのか、どうしてお客さんは父に電話を掛けないのか、そんなことばかり考えるようになっていた。


しかし、この本を読んでから私の考えが変わった。家に電話を掛けてくる人は、父の助けを必要としている。私はその声にもっと耳を傾けるべきだった、と思い始めた。たった一本の電話かもしれない。けれどその一本の電話には、助けを求める人の声・思いが詰まっているのだ。このようなことを思うようになり、私の行動は変わった。何をしている時でも、すぐに電話に出るようになった。そしてお客さんの話に耳を傾け、自分なりに協力できることを考えた。今では、自分から進んで電話の受け答えをするようになり、以前のように面倒だと思う心はなくなっていた。少しの行動の変化で見える世界が180度変わったように、周りが明るく見えた。


去年の夏、私は父に連れられて柏崎の港へ行った。港へは、船の修理のために行ったらしい。港に着くとそこには、白い一隻の船があった。父はすぐに道具を持って車から降り、船に向かった。そうして修理を始めた。しばらくすると、港に男の人が来た。どうやら彼も船の修理に来たようだ。二人は一緒に修理を始めた。大きな機械を動かしたり、コードをつなぎ変えたりと、お互いに協力しながら作業を進めていた。一人が自分の仕事を終えると、相手を手伝いに行く。一見当たり前のようなことだが、私はその光景を今でも鮮明に覚えている。


父と男の人、協力し合う二人の姿は、読んだ物語に出てくる若だんなと兄や妖たちの姿とどこか似ているような気がした。困っている人を助ける若だんな、そしてまた若だんなも兄や妖たちに助けられている。まさにこの姿が船を修理している二人と重なった。彼らは船を直してほしいと依頼を受け、直している。困っていた依頼主を二人で支え、二人もお互いに支え合っている。誰かを支えて生きている自分もまた誰かに支えられながら生きているのである。


社会には支え合いがあふれている。今、私がここにこうして生きていられるのも、支え合いがあるからだ。一人ではくじけそうな時、一人ではできなかった事がたくさんある。そんな時に周りの人の温かい支えがあり、乗り越えることができた。このような経験は誰にだってあると思う。また、自分の周りに何かに困っている人がいたら、その人を手助けすると思う。ほんの些細なことだが、人と人との支え合いがあるのだ。


自分がした行動や、人にしてもらった行為を一つ一つ見ていくと、きっと支え合いの姿が見える。そのことに気がつくと見える世界が明るく変化していくと思う。すると、一人で生きているのではなく、周りの人に支えられ生きているという実感がわいてくるだろう。自分の周りのほんの小さな支え合いから、大きな支え合いへつながっていくことを私は願っている。そして、支え合いで明るい社会を築いていきたい。

 

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