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『「お皿の外」の命たち』

 
第33回(平成25年度)
全国高校生読書体験記コンクール県入選
井関彩乃さん(新潟県立新潟高等学校)

日差しが弱まることなく照りつける、夏の夕方。「おかえり」と私の帰りを迎えてくれるのは、母、そして山のように積み上げられた野菜たちである。キュウリにナス、トマト、インゲン、枝豆などなど。「今日もいっぱいもらったんだね。」と言うと、会社のお客さんの名前を言う母。「でも、うちには多すぎるかなぁ。」と悩む母の表情は、我が家では夏になれば毎年のことである。

新潟県立新潟高等学校

新潟県立新潟高等学校


母が工夫に工夫を重ねて食卓に登場させた野菜たち。その中には、水洗いされただけのものいる。やはり、手作りの野菜である。大きさも形も色も味も、全て均一ではない。その不格好で、でも体にしみてくるような甘みや旨みが、どこかとても懐かしい。


地元の野菜を食べて、こんなことを思うのは、私の頭の中に「地産地消」という言葉があったからだ。


輸送網の発達で食の欧米化が、企業の効率化と均一化を重視する方針から大量生産が急速に進んだ。それらの「食の画一化」の動きによって、失われつつある地元の味。その文化を保存するために、「地産地消」は生まれたと思われる。スーパーの野菜コーナーに、農家の方の写真がある様子も見慣れたものだ。


しかし、である。私たちは食卓に登場する米やトマト、牛肉にミカンがどこの誰によって、どのようにして作られたか、考えることはほとんどない。


私自身、あの野菜の山を見て、母から話を聞かなければ、「地元の」という認識もせずにいたはずだ。もちろん、「どこか懐かしい」という感情さえ生まれなかっただろう。


つまり、私たちは、自分の命に関わる食材について、おおかた無知のまま手にし、その食材が歩んできた道を知らずにいるというわけだ。


そしてその無知の消費者の代表ともいえる私は、この本に出会った。


著者の島村菜津さんは、スローフードを呼び掛ける先駆者である。そして、日本の食卓の変換期とされる一九六〇年代に生まれた方であった。


一九六〇年代、戦後の復興が高度経済成長期と花開いた日本。体の細い我が子を、米国のようなたくましい子にしたいと、親世代が願い始めた時期でもあったという。


その親心を突くように、欧米から小麦や牛肉、砂糖などが輸入される。さらに、銀色でピカピカの調理台に憧れる女性により、カレーライスやハンバーグ、クッキーなどの油や砂糖を使った料理が大流行。一汁三菜の形は変化していくのだった。そして、日本の食卓を守ろう!と動き出す人々が現れた。


そんな活気的な活動で現代を生き抜く農のプロたちと出会うために、北へ南へと走り、食に対する姿勢を見直すのが島村さんの旅である。土地や世代、抱える課題は違えども、その食材に対する人々の熱意や将来の展望には、日本の食文化だけでなく、生き物や山、海といった自然、住民、同業者に対する敬意が示されていた。


農のプロの一人、「アイガモ水稲同時作」に取り組む古野隆雄さんは、「農薬を使うことで田んぼからメダカ、トンボ、ドジョウたちがいなくなった」という事実から、田んぼは一つの生態系であると主張。古くからの田園風景をアイガモと共に作り、そこに生息する生き物お大事に育てた。農薬を使わないため、炎天下の中で草をむしり、アイガモを野生のイタチから守るために四苦八苦したという。その労力と打開策を生む知恵には、頭がさがるものばかりである。日本の国土の四パーセントしか占めない田んぼが、多くの生き物の家になり、少しずつその風景が身近になるのも近い将来のことかもしれない。


米という一つの食材に注目することで、その周りの小さな生き物や自然の風景まで変わる。これは、すなわち、食は私たち自身だけでなく、家族や友人との交流、生き物や自然、その土地の風景とまで関係性をもつということだ。


食品添加物を含んだ大手企業のインスタント食品が、孤食を進め、生活習慣病を引き起こし、さらに地元の生産者の首を絞めるということも、関係性があることを示している。


私たちは、やはり「お皿の外」の事情を知らないでいる。だから、一日二十五時間動いているような疲労を食では癒すことができてない。つまり、私たちは食という活動を楽しいものにできていないということだ。こんな悲しいことがあるだろうか。しかし、これが事実である。休日の昼ごはんを電子レンジで済ませて、一人食べる子どもが、この日本にどれほどいるのだろうか。


「お皿の外」に存る命を知り、その姿勢として地元の味にふれたい。スローな日本へ、食を本当に楽しむ日本への道は、これからだ。

 

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