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前を向いて

 
第38回(平成30年度)
全国高校生読書体験記コンクール県入選
星山玲奈さん(第一学院高等学校 新潟キャンパス)

 「明日の朝起きたらすべて夢で、普通に声が出るんじゃないかとか、マンガみたいなことも考えたりしていた……。」
 これは、つんく♂さんの著書である「だから、生きる。」に出てくる一文だ。私も同じようなことを何度も考えていた時期がある。
 これを読んでいるあなたに一つ尋ねたい。
 「あなたは声を出して話すことができますか。」と。なにを当たり前のことを聞いているんだ、と思う人もいるかもしれない。普通にしていたらあまり考えることではないかもしれない。なぜ私がこんなことを聞いたのかというと、私にとってそれは当たり前ではないからだ。
 私は親しい人以外と話すことが苦手だ。話したくないわけではない。声が出てこないのだ。その日の調子にもよるが、すらすらと声を出すことが難しく、みんなのように話せないことが多い。私はだんだん、声を出すこと自体が怖くなっていった。すらすらと話せないのが分かっているから。「明日いきなり話せるようになってたりしないかな」とか「当たり前って、普通ってなんなんだろう」といったことをよく考えていたものだ。
 中学三年生の頃に「このままではいけない」と思い、病院を探し始めた。家族や担任の先生、保健室の先生と何度も相談し、いろいろな病院や相談所へ行った。しかし、自分の病状を専門にしている病院がなかなか見つからず、見つかったのはつい最近のことだ。「遅すぎる」と思ってしまった。見つかったのは嬉しかった。やっと「ここだ!」と思える病院と先生に出会えたのだから。だが、私はもう高校三年生だ。遅すぎるという思いを消せないまま、私はその病院へ通い始めた。
 そんなとき、私はつんく♂さんの「だから、生きる。」という本と出会った。この本は彼のこれまでの人生が綴られている。シャ乱Qのボーカルとモーニング娘。のプロデューサーとして忙しく活動していた日々、結婚をしたとき、父親になったとき。そして、咽頭癌を患い声帯摘出に至るまでの日々、術後の日々。
 「あのころ、もっと休養を取っていたら。あのとき、もっと健康に気を遣っていたら。あの瞬間、もっときちんと検査していたら。」と、彼は後悔した。癌を患っていることを知ったときや、声を失うことになったとき、彼は自分の過去やこれまでの選択を後悔した。
 彼と境遇は違えど、私も何度も後悔した。
 「なんで今まで病院に行こうと思わなかったんだろう。もっと早く行けば、話せるようになっていたかもしれないのに」と。
 しかし彼は、声を失っても前を向いていた。愛する家族と生きるために、前を向いて再び歩き始めた。「人生、落ち込んでいても何も始まらないから。」という彼の言葉は私に元気を与えてくれた。確かに私は遅かったかもしれない。だけど、ここで後悔して落ち込んでいたって仕方ないんだと思わせてくれた。
 彼は術後数ヶ月して、食道発声のレッスンに通い始めた。最初はこんなので話せるのか、きっと無理だろうと思っていたそうだが、初めてレッスンに行った日に小さく「あ」のような音を出せた。その三年半後には、静かな場所ならある程度の意思疎通を図れるようになった。私は、とにかく挑戦してみることと、諦めずに続けることの大切さに改めて気づかされた。
 私は最近、病院であくび溜息法という発声法を教えてもらった。これは、あくびをするように息を吸い、溜息をつきながら声を出すという発声法だ。最初は半信半疑だったが、練習していくうちに少し声が出しやすくなっていると気づいた。今はこの発声法を身につけるために、普段から意識するようにしている。まだまだ親しい人以外と話すことは苦手だが、この発声法で声が出せたときはとても嬉しいし、自信に繋がる。時間がかかることだとは思うが、諦めずに続けていきたい。
 この本を読み終わったとき、私は心が明るくなった。「前を向いて生きろ」と励ましてくれているように感じた。「前を向いて生きていきたい」と強く思った。過去があるから、今の自分がいる。しかし、その過去を悔やんでばかりいたら前へ進めない。前へ進むためには、前を向くしかない。当たり前とか普通とか、そんなものはきっと存在しないのだから、前を向いて自分の道を歩いていきたい。
 

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