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私の再発見

 
第38回(平成30年度)
全国高校生読書体験記コンクール県優良賞
齋藤淑人さん(新潟県立長岡高等学校)

 小学六年の冬、私はある一冊の本に夢中になっていた。二〇〇六年にips細胞の作製に成功し、二〇一二年度のノーベル医学・生理学賞を受賞した、京都大学の山中伸弥教授による自伝である。学校の図書室で伝記物を借りては熱心に読んでいた当時の私にとって、現代の偉人とも言える山中教授の存在感は鮮烈なものだった。「自分も、こんな研究者になりたい。」本を読み終えた時、私の胸にはそんな思いが強く込み上げていた。
 現在私が在籍するこの長岡高校は、研究者を志す上で最適の環境だ。文部科学省から「SSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)」の指定を受けるこの学校では、「課題研究」という研究活動に参加することができる。興味のある分野について研究課題を一つ設定し、数名の班を組んで研究を行う。その後、校内で行われる研究発表会にて、毎年八月に兵庫県神戸市で開催される全国大会へ、研究班一組が推薦される。私も全国の舞台を目指し、生物分野の研究に取り組んでいた。
 しかし、研究が進むにつれ、私は自分の適性に疑問を抱くようになった。不器用で手際の悪い私は、実験器具の使い方を誤り何度も注意を受けた。また、実験の記録をパソコンで集計する作業でさえ、私は人一倍の時間を要した。「自分は、研究者に向いていないのだろうか。」小学生の頃から研究者を目指してきたにも拘わらず、実際の研究活動でろくに力を発揮できない自分に嫌気がさした。そして気付いた時には、実験室から足も遠のき、研究者になる、という本来の目標さえも、既に諦めている自分がいた。
 そんなある日、書店で本を眺めていると、一冊の背表紙に目が留まった。かつての私に目標を与えてくれた、あの山中教授の自伝だった。帰宅後、すぐさま本を捜し出した私は、何かに駆り立てられるように読み耽った。
 山中教授のips細胞作製までの道のりは、決して平坦なものではなかった。大学を卒業後、臨床医を志すも挫折。ならば本格的に基礎医学の道に転向しようと、米国の研究所へと留学する。そこで山中教授が学んだのが、表現力の重要性だった。「研究者は、ただ研究だけしていればよいのではありません。」
 「自分の研究成果を広く分かりやすく伝えることも研究者の大事な仕事です。」その後、山中教授は米国で培った表現力を糧に、日本での研究活動に取り組んでいく。小学生の頃とは違い実際に研究の難しさを味わっていた私は、その言葉にはっとさせられた。同時に、「この考え方を、私たちの研究にも反映させたい」という希望を抱いた。
 再び実験室へと戻った私は、従来の作業に加え、校内発表を見据えたプレゼンの練習にも力を注ぎ始めた。「研究が評価されるには、聴き手に内容が伝わらなければ意味がない。」単に説明を行うだけでなく、細かな言い回しや声の抑揚、言葉の緩急にまで拘り練習した。そうした入念な準備を重ね、臨んだ校内発表会。降壇した私たちを待ち受けていたのは、「聴き応えがあり面白かった」「最も分りやすい発表だった」といった、先生や友人たちの言葉だった。その結果、私たちの研究班は、念願の全国大会への出場が決定した。研究の苦労が報われたのと同時に、班の一員として漸く認められたような気がした。
 その後参加した全国大会では、表現力の重要性を改めて実感した。他校の生徒たちと言葉を交わし議論することで、学校では見過ごしていた問題点や、自分たちの研究がもつ新たな発展性に気付くことができたのである。私は山中教授の言葉を反芻しながら、その意味を再確認した。研究活動は結果に辿り着くことがゴールなのではなく、その内容を研究者自らが言葉で語り、他者と共有することで初めて意味をもつのだ、と。研究から一度距離を置き、自分の原点とも言える山中教授の言葉に立ち返ったことが、研究という行為そのものの意味を考えさせてくれたのだった。
 課題研究を終えた今、私は再び研究者を志している。と言っても、山中教授のような、最先端の分野を扱う研究者ではない。科学史の研究者だ。私が小学生だった頃から今日に至るまで、再生医療の分野が大きな注目を集めている一方、研究論文の捏造や改ざんに関する問題も多く報道されてきた。過去の文献を漁り調べるうちに、こうした問題は現在に始まったわけではなく、科学の歴史上幾度となく発生しているという事実が見えてきた。成果を伝え広めることは研究の発展に欠かせない過程である反面、表現の仕方を一歩誤れば、研究自体の信頼性が損なわれてしまう。だからこそ私は、問題の起こった背景を調べることが、現在の科学研究を取り巻く状況の改善に繋がるのではないか、と考えている。もちろん、自分自身の表現力も絶えず見直し、研究者として成長する姿勢も忘れたくない。自分の紡いだ言葉で他の研究者を支え、後押しできる日が来ることを信じている。
 

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