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「私達の舞台」

 
第37回(平成29年度)
全国高校生読書体験記コンクール県入選
松野涼さん(新潟県立高田北城高等学校)

 毎年一回は、家族で夢の国へ行く。おとぎ話に登場するような建物が立ち並び、魔法のような音楽は私の胸を躍らせる。一歩足を踏み入れるだけで、現実のものとは思えない別世界が広がっている。この世界はどのように作られているのだろう。そんなことが気になりだした中学生の頃、クリスマスプレゼントに貰ったのがこの本だった。

 この本の題を見たときは、どんな本なのか想像できなかった。また「そうじ」と書いてあることからして、さほど読む気にもなれなかった。私は掃除が苦手だったからだ。だがこの本が、私の掃除への考え方を大きく変えてくれたことは間違いない。

 私が掃除が苦手だった理由は、ただ自分が汚れたくないからだ。掃除をしないでいると教室や廊下が埃だらけになると頭では分かっている。しかし、自ら汚れる仕事をすることに躊躇してしまうのだ。

 掃除は何のためにするのか。それまでの私の考えは、綺麗にするために掃除をする、という一般的なものだった。汚れたら掃除をするのは当たり前で、他に理由があるとは考えなかった。しかし、この本の中で、掃除の神様として登場するチャック・ボヤージンはこう言った。「そうじは、汚れているからするのではなく、汚さないためにするんだ」と。また、彼はこうも言った。「汚せないくらい綺麗にすれば、捨てることに躊躇する。舞台にゴミを捨てる観客がいないように、ここも舞台で、私達は舞台を作るためのエンターテイナーだ」と。彼の考えは、掃除は今まで綺麗にするためのものだと思っていた私の考えを覆し、もっとずっと素晴らしいものだと教えてくれた。

 それから私は自身の掃除への取り組み方を改めた。その頃の担当は水飲み場だったが、ここは学校の中でも早く掃除が終わってしまう場所だった。大抵は洗剤を使って底の方を磨き、水で流せば終了となる。しかし、底の方は普段から水が流れているので、ゴミや埃が付着することはほとんど無い。つまり、約十五分間の掃除の時間のすべてを費やすのは無駄でしかないのだ。私はエンターティナーになった。自分がこの水飲み場を使うとき、どこを綺麗にしてほしいと思うだろうか。私は蛇口に注目した。生徒が必ず手を触れるであろう場所は、もやがかかったように白く濁っていた。手の汗や油がついているのだ。ステンレス製の物は、初めの方こそ光沢があり鏡のように輝いているが、毎日磨かないと曇ってしまう。早速磨き始めた。もちろん、どの程度の間磨いていないのか分らない蛇口が、一日で綺麗になる訳がない。何日かかるかも分らない。それでも私は、毎日指示された箇所が終わった後に、一生懸命磨き続けた。

 数週間経った頃から光沢が見え始め、数か月で大分綺麗になった。ある時、掃除場担当の先生が「一年生にこのことを教えている。毎日丁寧に掃除をしていてすごい」と嬉しそうにおっしゃった。私は誰かに喜んでもらえたこと、そしてチャックさんの理想にほんの少し近づけたことをうれしく思った。

 あの夢の国もそうなのだろう。お客様が喜ぶことを最優先に考え、それを実行していくことで、あんなにも素敵な世界が作られているのだ。

 私は高校生になった今も、掃除の時間はエンターティナーである。ただ、高校は中学校よりも掃除の時間が短い。今までの三分の一ほどの時間で、細かい部分まで掃除するのはなかなか難しい。それでも私はちょっとずつ出来る範囲で綺麗にしようと心がけている。

 掃除は汚れる仕事だ。進んでしたい人はいない。だが、考え方を少し変えるだけで、掃除もそこまで苦なものではなくなる。学校という舞台には、先生、生徒、様々な役者達が常に行き交っている。自らも役者となる場所だと思うと、掃除は自分達を輝かせるための大切なものだ。私はこれからも私達がより輝くために、私達の舞台を綺麗にしていきたい。
 

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