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新潟県立文書館

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2015/01/08

第4回文書館教養講座「機は熟した!」を開催しました

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 新潟県立文書館では、平成27年1月8日(木)に、特別企画展「所蔵資料にみる越後平野の履歴書」関連シリーズ「信濃川の治水 混沌から収束へ」として、第4回文書館教養講座「機は熟した! ―大河津分水着工へ―」を開催しました。

 講座の内容を概略で紹介します。

 戊辰戦争下で起きた明治元年の水害は、信濃川下流域の人々に大河津分水への思いを強くさせました。人々は、それまで不可能だった水系全体の統一的な治水対策がなされることを期待して請願を行い、一度は着工を果たしますが、諸問題により工事は廃止されます。以降、水害のたびに分水案は浮上しますが、国は河身・堤防改修の方針をとり、実現にいたりませんでした。この間には、地域住民による治水工事の動きなども見られます。そんな中、県内全域を襲った明治29年の「横田切れ」と後年の大水害は、分水建設運動を再燃させ、日露戦争後の同40年、帝国議会での議案可決を経て、ついに着工します。
 この着工を可能とした背景の一つには、舟運整備のための工事から、防水防止のための工事重視への治水行政の転換があり、明治29年の河川法により、大河川への国直轄の統一的な治水対策が可能になったことが挙げられます。また、この転換が起きた明治中期は、大規模工事を可能にする財政、技術、設備面の充実などがみられる時期でした。このことから、大河津分水着工は、人々の努力の上に、様々な条件が揃って初めて実現し得たものだったといえます。

 参加者の感想の一部を紹介します。
O維新直後、越後では治水との闘いに苦労が続いていた様子がわかった。
O絵図を使い分かりやすかった。
O治水に対する政府、住民の考え方や、その推移とともに財政を興味深く理解できた。


講座の様子


【風聞書三】(E1012-142)

これからの文書館主催講座はこちらをご覧ください。
15:29 | 平成26年度