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新 潟 県 立 図 書 館 報

第23号

平成12年12月20日

鳥屋野潟歳時記

このテーマにはこんな本 市町村誌@

中国の図書館事情

レファレンスQ&A 最近の事例から

ひろば

インフォメーション 資料保存


 
鳥屋野潟歳時記

 ひょんなことから新潟市民芸術文化会館の能楽堂で、奈良・薬師寺の松久保秀胤管主の講演を聴く機会に恵まれた。演題は佛足石についてであったが、前置きに、会津八一と薬師寺との関わりについての話があった。

 薬師寺の西塔の完成を記念して、佐々木信綱、会津八一の歌碑が建立されたこと。そして八一が訪ねた頃はまだ自然がたくさんあり、芝草に腰をおろして東塔を仰ぎ見ることができたという。歌碑は何れも東塔を詠んだもので、この二題の和歌を「東塔讃歌」と名づけ、歌碑にして賛美しているということである。

   逝く秋の 大和の國の 薬師寺の 塔の上なる 一ひらの雲   信綱

   すゐえんの あまつをとめが ころもでの ひまにもすめる あきのそらかな
                                                 八一

 当県立図書館にも八一の歌碑がある。

   みやこべを のがれきたれば ねもごろに しほうちよする ふるさとのはま
                                                八一

  昭和25年、寄居町にあった初代県立図書館に建立され、間もない昭和28年に一番堀の二代目図書館、そして、三代目の図書館、鳥屋野潟の地に移された。
 聞くところによると、八一は建碑の時、彫り方や碑の向き・方角に大変こだわったということである。そんな八一の意を汲み、移転にあたって、正確に方角を測り、思いを馳せたであろう日本海に向け、しかも、良寛の碑と向き合うように配置したことを今でも覚えている。落葉敷き枯葉舞う自然豊かな地に・・・・・・


このテーマにはこんな本 市町村誌@ 下越・佐渡編

掲載の規準は以下の通りとしました。
・2000年9月末現在の状況で、新潟県内の自治体が編纂・発行した市町村史誌を記載した。
・分野史、時代史、副読本、報告書等は採録していない。
・簡単な資料集は、原則として採録していない。
・2回以上刊行された場合は、新版を採録した。
・掲載の順序は、市町村名、書名、巻数、刊行年次、内容とし、刊行継続中のものは巻数の
  後に(継続)と続けた。
・当館の請求記号は、紙数の都合で省略した。

― 下 越 ―

【新潟市】

 新潟市史 19 8998 通史編5  
        冊資料編
12 別編2
       *別編1のタイトルは「図説新
        潟市史」

【新発田市】

 新発田市史 2 8081 上、下巻

【新津市】

 新津市史 8 8694 通史編2 
                資料編
6

【村上市】

 村上市史 16 8800 通史編4冊 
         資料編
9 民俗編2 別編

【燕市】

 燕市史 5 8893 通史編 資料
       編
3冊 民俗・社会・文化財編

【五泉市】

 五泉市史 7(継続) 91年〜 通史編 
                資料編 
5 民俗編

【白根市】

 白根市史 7 8589 17

【豊栄市】

 豊栄市史 5 8899 通史編
        料編
3冊 民俗編

【安田町】

 安田町史 8(継続) 9702年頃
        世編
近 世編4 近代編
        代編
民俗編

【京ヶ瀬村】

 [京ヶ瀬]村誌 1 69

【水原町】

 水原町編年史 5 7886 15
           巻

【豊浦町】

 豊浦町史 1 87

【聖籠町】

 聖籠町誌 1 78

【加治川村】

 加治川村誌 1 86

【紫雲寺町】

 紫雲寺町誌 1 82

【中条町】

 中条町史 6(継続) 8201年頃
        史編
資料編5

【黒川村】

 黒川村誌 4 7990 [1]2 
        民俗2

【小須戸町】

 小須戸町史 1 83

【村松町】

 村松町史 7 7683 上、下巻
        料編
5

【横越町】

 横越町史 2(継続) 0001年頃
        編
資料編

【亀田町】

 亀田の歴史 3 8890 通史編冊
          資料編

【岩室村】

 岩室村史 2 74 [通史編
        史料
[]

【弥彦村】

 弥彦村史 2 9295 資料
        編
2

【吉田町】

 吉田町史 9(継続) 9903
                年頃
通史編2 資料
                 編
7

【巻町】

 巻町史 8 8894 通史編2
       冊資 料編
6

【黒埼町】

 黒埼町史 8(継続) 9400
        頃
通史編 資料編6 
        自由民権編

【味方村】

 味方村誌 1 00 通史編

【潟東村】

 潟東村誌 1 89

【月潟村】

 月潟村誌 1 78

【中之口村】

 中之口村誌 1 87

【津川町】

 津川町史 1 69

【上川村】

 上川村史 1 84

【関川村】

 関川村史 1 92

【荒川町】

 荒川町史 7 8693 資料
        編
7

【神林村】

 神林村誌 3 8285 通史
        編
資料編2

【朝日村】

 朝日村史 1 80

【山北町】

 山北町史 3 87 通史編
        料編
2


現在編纂中で、これから刊行が予定されているものは次のとおりです。

【笹神村】

 笹神村史 6 0103年頃
        史編資料編
5

【分水町】

 分水町史 5 0205年頃
        史編
資料編4

【東蒲原郡】

 東蒲原郡史 12 0111年頃
        *東蒲原郡内4町村
         の町村史となるもの

 

 

【両津市】

 両津市誌 6 8289 上、下巻 
        町村編
2 資料編 別冊

【相川町】

 佐渡相川の歴史 11 (継続) 71
             95年通史編 資料集
             10
            *町史編纂は現在継
             続中であるが、これ
            からの出版は未定。

【佐和田町】

 佐和田町史 4 8296 通史編2
          冊 資 料編2

【金井町】

 佐渡金井町史 2 6779 [古代
           〜近世[編
] 近代編

【新穂村】

 新穂村史 1 76

【畑野町】

 畑野町史 3 8288 総編 信        仰編  松ケ崎編

【真野町】

 真野町史 3 7683 上、
        下、別巻

【小木町】

 佐渡小木町史 6 7381 
           上、下巻史料集2
           村の歴史2

【羽茂町】

 羽茂町誌 5 8598 14
        巻
別冊

【赤泊村】

 赤泊村史 3 8289 上、下
        巻
別冊

 


中国の図書館事情

 このたび、中国文化部の招聘をうけ、私的な学術団体の一員として中国・雲南地方の文化に触れることができた。

 最初に、招聘をうけた北京の文化部を表敬訪問、文化部の案内で紫禁城(故宮博物館)の一角にある武英殿、文淵閣を視察した。乾隆年間ここで殿版とよばれる書物を刊行した武英殿、『四庫全書』が納められたという文淵閣、いずれの建物も修理中で立ち入り禁止であったが、文化部の計らいで実現した。

 さらに国家図書館(旧北京図書館)等を視察したあと目的地である雲南に向けて旅立った。

 四川省の成都に到着、間もなく空港に迎えにきたバスに乗り、中国仏教四大名山の一つ、世界文化遺産にも登録された峨眉山(標高3,099m)に向かった。標高差の関係で、真夏の気温34度から一挙に10度前後のところに立たされたため身体が適応せず、体調の維持に苦労しながら山頂にあるホテル「峨眉山金頂大酒店」(標高3,077m)に一泊した。早朝ご来光を仰ぎ、雲海の広がる仙境を目の当たりにし、しばらくはその神秘さに目を奪われ言葉を失った。

 その日は、峨眉山の中腹にある万年寺に参拝し、笑う膝を騙しながら1,000段の石段を一挙に駆け下りた。生薬の露店が建ち並ぶところを駆け抜け、客を乗せた駕篭屋とすれちがい、漸くたどり着いた渓流の橋のところで偶然、「峨眉山下橋の柱」で知られている「日中詩碑亭」(良寛詩碑)に出会うことができた。

 峨眉山より昆明まで成昆鉄道に乗る。列車は、長江の支流に沿って延々とひた走る。車窓には、山積みの石炭や、中国人ともベトナム人ともつかぬ風貌の、背の低い小集団が工事の手を休めじっと列車を見送っている姿が映る。車中、絵手紙に似顔絵を描いてあげた縁で中国の子供たちと親しくなり、その子供たちと遊んでいるうちに、列車は約19時間かけて翌朝目的地の昆明駅に到着した。

 今回の旅は、雲南省の省都・昆明市を拠点にして、西双版納の景洪市、玉龍雪山の登山口である麗江市等を訪問した。雲南は、お茶の産地と20あまりの少数民族が生活しているところで知られているが、西双版納では、実際に 族の家を訪ねその家の奥さんから話をお聞きしたり、 族の女の子と結婚の儀式を執り行なうなど、少数民族の生活に直に触れる貴重な経験をすることができた。

 麗江では、文化博物館で、今でも独自の象形文字・東巴文字を使っているという族の長老に会い、珍しい東巴文字を使った印を彫ってもらうことができた。

  また、世界文化遺産に指定されている宋代末期からの街並みである古城(旧市街)を散策、四方街を中心とした街並み、万古楼から眺めた甍の風景は、当時の繁栄を髣髴とさせる佇まいを見せていた。

     建設中の雲南省図書館(右奥)

 もう一つの目的であった図書館は、北京の国家図書館、昆明の昆明図書館、景洪の景洪市図書館、麗江の雲南省麗江地区図書館、上海の上海図書館等を視察したが、紙面の都合もあるのでここでは雲南地方の省都である昆明の昆明図書館を紹介する。

 最初に雲南省の図書館を視察する予定であったが、新館建築で休館中ということと、連絡の行き違いなどもあって、急遽昆明図書館を視察することになった。

 昆明は、雲貴高原の中央にあり、海抜約2,000m、面積は15,940ku、夏は20度、冬9度、平均15度という比較的温暖なところから「春城」とも呼ばれ、人口約370万人の高原都市である。近頃では、車が多いのが悩みということで、その規制の一つとしてタクシーのドア−に番号をつけさせ、1は月曜日、2は火曜、3は水曜・・・・と、その番号の曜日は営業ができないようになっている。従って、営業許可証は高額でなかなか手に入らないということである。

 昆明図書館は、1926年に創設、1958年改築、現在の図書館は1987年東華小区に建設されたもので、建築面積は7,800uである。蔵書は33万冊余り、年間の図書購入費は100万元(1,300万円)、CDVCD、レコード等の購入費が3万元(39万円)、職員は65人(男が1/3)、うち大学、専門学校以上の学歴53人、専門技術職員は、全員図書館専門課程を修得し強力な技術力を備えているということである。待遇については、国が決めるということであるが、一般職員の平均月収が約800元(10,400円)で昆明市の中では良い方とのことである。

 1999年5月にコンピュータによる管理の自動化を実現。本館には成人貸出部、少年・児童部、新聞雑誌部、参考調査部、少年児童電子視聴覚資料館等のサービス部がある。業務項目やサービス内容は多岐にわたっており、視聴覚資料の館外貸出、文献複写以外は、全て無料である。この他に、通年無料で自習室を開放し、自学者のために学習の場を提供している。年間、40万人余りの利用者を受入れているということである。

 特色あるサービスとしては、1999年10月に少年児童電子視聴覚資料館を新たに設け、現在収蔵しているVCD資料5千枚を、児童少年及び教育職員のために提供している。

  貸出・閲覧証(利用カード)発行・登録手続きのところでは、地域、年齢、身分は問わないが、登録時に保証金をとっている。

 成人利用証(利用カード)の場合、カードをつくる手数料が3元(39円)、A証の保証金が50元(650円)、B証が100元(1,300円)、保証金は随時返金できるようになっている。

 資料を館外に借りて行く場合、A証は、一回に借用できる図書は2冊(但し、借りて行く図書の価格の合計は、50元を超えないこと)いわゆる保証金の額を超えないこと。B証は、一回につき借用する図書の合計が100元を超えない冊数であれば良い、借用期間は30日、延滞料1日1冊5分(0.65円)である。

 開館日については、祝日、休日も閉館しない通年開館である。開館時間は、月曜から木曜日が午前8時から午後7時、金曜日が午後2時から6時、土、日、祝日、休日が午後12時から午後7時である。各サービス部門によってまちまちで、参考調査部は、土、日、祝日、休日は休みである。突然お邪魔したせいか館長さんはじめ職員はバタバタと対応に追われ、ゆっくりとお話を聞けなかったのが心残りであった。

 昆明では、宿泊したホテルのすぐ近くに公園があり、早朝から太極拳や独自の健康法で身体を動かしている者、ラヂオ体操をしている者、朝から麻雀に興じている者等々、折角の機会ということで中国の人と同じ気持ちになって散歩を楽しんだ。散歩からホテルに帰る途中、道路を挟んだ向かい側にホテルのような高層ビルを見かけた。ホテルのボーイの話によると、それが雲南省図書館ということであり、来春オープンの予定とのことであった。

 

          昆明図書館

 中国・文化部では、1998年に省、地、県の公共図書館と少年児童図書館の全国調査を行い、図書館事業の発展とサービス水準の引き上げを図ってきたということである。そして、それはデジタル化、ネットワーク化の段階に移りつつある。

 中国では、全国各地で公共図書館の建設が着々と進められており、今将に図書館建築ブームとのことである。次回の中国訪問が楽しみでもある。

(本文中の各部の名称は、日本語に直訳したものです。)


レファレンアスQ&A 最近の事例から

           今回は、興味の赴くままに様々な資料を見てみたいという
            依頼の事例を紹介します。

Q.新潟駅の歴史を調べたい。昔は違う場所にあったと聞いている。

A.現在の新潟駅ができるまで、駅舎は今の弁天公園付近にありました。『新潟歴史物語』には「信越線の下り列車は、亀田駅から真っ直ぐ北西へ向い、新栗の木川を渡って竜が島の沼垂駅に着いた。沼垂駅を出発するとすぐに左へ大きく回り、沼垂の町を囲むように走って…」とあります。現在の新潟市域で最初に開業したのは沼垂駅で、新潟駅は沼垂駅から路線を延ばして明治37(1904)年に開業しました。

 新潟駅創設については、鉄道関係の資料よりも新潟市の歴史に関する資料の方が詳しく書いてあります。当時、新潟市と沼垂町は合併前で、双方、地元の利益のために壮絶な始発・終着駅の誘致合戦を行いました。これは、新潟市の歴史の中でも重要なトピックのひとつです。

 明治29(1896)年、中央の財界人や県内の有力者などで設立した北越鉄道株式会社が、新津から分岐して沼垂へ至る路線を敷設することになりました。
  しかし、新潟市に駅を設置するには、信濃川を渡るため約1キロにもおよぶ長い鉄橋が必要で、これは技術的にも資金的にも困難な工事でした。そこで、新潟市民は万代橋を渡ってすぐの流作場に新潟駅を設けることで合意したのですが、会社は土地買収費が高いことを理由に、沼垂町の竜が島に沼垂駅を設けて終着駅とすることにしたのです。

  新潟市民は流通の拠点が竜が島に移り、現在の繁栄を奪われ新潟が衰微してしまうと憤激し、鉄道同志会を結成して反対運動を展開しましたが、政府から許可が下り、沼垂駅開業の運びとなりました。これに怒った同志会の人たちは開業を控えた明治30(1897)年11月11日の早朝、新栗ノ木川の鉄橋に爆弾をしかけます。この事件については『ぬったり−沼垂定住三百年記念誌』に詳しく紹介されています。誘致合戦の内幕や、爆弾事件の顛末を知るには適切な資料です。初代の新潟駅はこの後も続いた新潟市民の運動の中で誕生した待望の駅でした。

○昔の駅舎の写真は所蔵しているか。

 写真そのものは、残念ながら所蔵していませんが、昔の駅舎の様子は、紹介した本の口絵や昔の新潟の風景を集めた写真集などで見ることができます。初代駅舎の写真としては、明治43(1910)年に屋根に避雷針をとりつけた後の写真が載っています。昭和3(1928)年には2代目の新潟駅が建設されました。

○現在の新潟駅の歴史を概観したい。

 『新潟の鉄道百年』や新潟鉄道管理局の『五十年史』の巻末に新潟県の鉄道に関する略年表があります。

 戦後の混乱が落ちつくと、新潟駅は現在の位置に移転新築されることになりました。その構想は地下1階、地上2階建て、広さは旧駅の約6倍、地下を商店街にするという当時としては画期的なものでした。選定地が湿地帯だったため、工事は慎重に進められ、3代目新潟駅は昭和33(1958)年に営業を開始しました。工事費4億円、完成までに2年を要しました。『信越本線の100年』に初日の写真が大きく載っています。華やかに出発した新駅ですが、その後も様々な事件に遭遇しました。昭和36(1961)年には国鉄新潟支社となっていた仮庁舎から出火し、その大半を焼失します。復旧に際しては、新潟国体を控えていたこともあり、4階建て、一部6階建てに増改築することとし、昭和38(1963)年に竣工しました。昭和57(1982)年には新幹線が開業し、この後も増改築が幾度か行われています。駅周辺の風景も、建設当時とは大きく変わりました。

 このほか、近代の歴史を調べる際は、『新潟県年鑑』や当時の新聞などが情報源として適当です。

 こうした調査では、まず、「自分で調べる」ことが大切です。遠回りを楽しむ余裕をもって、様々な資料を見てください。きっと新たな発見があるでしょう。

【今回の調査で使った資料】

『新潟歴史物語』(新潟市/編 2000)

『越後の停車場』(朝日新聞社新潟支局/編 1981)

『ぬったり−沼垂定住三百年記念誌』(伊藤鼎/[等]編著 1984)

『新潟かわらばん』(笹川勇吉/著 1988)

『わが町の歴史新潟』(小村弌/著 1979)

『新潟市合併町村の歴史3巻』(新潟市/編 1980)

『新潟市史 通史編3,4』(新潟市/編 1996,1997)

『写真でつづる新潟の今昔』(新潟市写真館組合/編 1979)

『新潟の鉄道百年』(新潟日報事業社 1978)

『信越本線の100年』(瀬古竜雄/監修・解説 1999)

『ふるさとの百年 新潟』(新潟日報事業社/編 1980)

『新潟県の100年 4交通・産業編』(新潟日報事業社/編 1985)

『五十年史』(日本国有鉄道新潟鉄道管理局/編 1987)


ひろば

 今回は、柏崎の2つの私立大学附属図書館で活躍している2人に、執筆をお願いしました。

 大学図書館司書となって

新潟工科大学附属図書館
阿部  哲

 学生時代の最後の年、就職活動をしている時に「今度、新潟県に新しい大学ができるんだけど、そこの図書館で司書を一人探しているそうだが、行く気はないか」という話をいただきました。大学のスタートと同時に私の社会人生活もスタートしたということで、まだまだ大学の歴史も浅く発展途上の段階ですが、私自身も図書館についてはもちろん、大学全体を造り上げていき将来に向かって大きく進歩させていかなければいけないという気持ちを持ち、やりがいを感じながら頑張っています。

 図書館で働く人は利用者のために仕事をする気持ち、自分だけが満足するのではなくそれが本当に利用者のためになっているのか、ということを常に考えながら業務にあたる気持ちが大切だと思います。大学図書館の場合は学生 教職員が利用対象者ですので、地域住民を利用対象者としている公共図書館よりその範囲は狭いと思います。しかし、「利用者のため」ということにおいては大学でも公共でも同じだと思います。

 私が担当している主な業務は貸出や参考業務の他、購入希望図書の発注、受入、希望文献複写の発注等です。いずれも利用者のために迅速に処理しなければならないものです。希望が出てきたら遅滞なく機敏に対応し、手元に物が届いたらすぐに発注者に引き渡し、資料を欲しがっている利用者の手助けをしてあげるということを何よりも第一に考えて行動しています。その他、図書館予算の管理、支払いの処理、教員が個人研究費で購入した図書の処理など、経費関係の業務をしております。

 本学図書館は学生・教職員だけでなく、広く一般の方々にも開放しております。また、制限は少々厳しくさせていただいておりますが、館外貸出しもご利用いただけます。所蔵冊数は35千冊程度の小さな図書館で、交通の便もあまりよくありませんが、開学してから5年半しか経っていない新しい大学ですので、大学の近くにお越しの際は是非図書館にもお寄り下さい。お待ち申し上げております。


 Welcome to our homepage

新潟産業大学附属図書館主任司書

 10月の初めに図書館のホームページを立ち上げてから、この原稿を書いている時点で2ヶ月あまりが過ぎました。

学生時代の友人達からは「ボタンが3つ以上ついている機械は触れない」と笑われていた私が、何の因果か図書館のシステム関係一切を担当することになり、それからというもの呪文とも暗号ともつかぬ専門用語と格闘する毎日… ようやく、中学生の英会話なみには意味が通じるようになってきました。

 とは言うものの、そこは初心者。パソコン用語事典は手放せません。ところが単語の説明がまた、専門用語の山。結果、ひととおり事典をひき終わって、自分が何を調べようとしていたのか忘れてしまうなんてこともザラにあります。

 それほど苦労したくせに、他人に説明をする時にはついつい専門用語を使ってしまい、あげくに通じないとイライラしてしまう自分がいて、反省することしきりです。

ですから、現在公開しているホームページでも、専門用語は極力避けるようにしています。作成しながら「いくらなんでも、ここまで易しい言葉に直す必要はないかなあ」と思うこともありますし「ちょっと説明がくどいかな」と感じることもありますが、昔の自分を思い出して(笑)可能な限り平易に表現するよう心がけています。

 とはいえ、素人が作っているホームページですので、まだまだ充実しているとは言い難いのが現状です。ただ、おかげさまで、最近ようやくコンピュータをいじったりホームページを作ったりすることが楽しいと感じられるようになりました。

 ですから、できるだけ沢山の方にアクセスしていただき、ご意見ご指導をいただければ幸いです。

心よりお待ちしております。

            URL http://www.nsu.ac.jp


インフォメーション  資料保存

*図書館における「資料保存」とは?

  図書館には、現在の利用者が必要としている資料を提供するとともに、資料を保存し、後世に伝えることで、未来の利用者に対して資料を提供するという役割があります。

 図書館資料は、そのほとんどが紙や布、糸、糊などを材料としています。これらの材料は年を経ることによって傷むだけでなく、それ自体が弱くなります。また、資料は繰り返し利用されることで破損していきます。このような現象を「劣化」といいます。
 資料の劣化が進むと、図書館に保管されているのに利用することができないという事態になります。
  図書館で資料を保存するということは、資料を書庫の奥に大事にしまっておくことではなく、さまざまな保存対策によって劣化を防ぎ、「いつでも、だれでも、いつまでも、利用できるようにしておくこと」なのです。

*資料が傷む原因は?

 図書館資料が劣化する原因には、酸性紙や構造上の問題など資料自身が持つ内的な要因と、保管環境、取り扱い、災害など資料をとりまく外的な要因とに大別することができます。これらの要因が、単独であるいは複合的に作用して劣化をひきおこします。

 製紙の過程で硫酸アルミニウム等を用いた酸性紙は、それ自体に含まれる酸によって著しく劣化が進みます。日本では、明治の初めに洋紙の製紙技術が導入されて以来、ごく最近まで、ほとんどの本や雑誌が酸性紙を使っていたため、その対策が課題となっています。

*資料を守るには

 資料を劣化から守るには、傷んだ資料を「治す」だけでなく、保存環境を整え、取り扱いに注意して未然に「防ぐ」、常日頃から「点検する」、資料をマイクロフィルムや光ディスクなどの代替物に「取り替える」といった方法があります。

*新潟県立図書館では

 新潟県立図書館では、一旦、受入をした資料は、一部の新聞、雑誌などを除いて、ほとんどが保存の対象になります。これらの資料は、必要に応じて、修理、製本、マイクロフィルム化等、保存のための措置がとられています。明治43年に創刊された「新潟毎日新聞」は、まとまった形で所蔵している機関がほとんどなく、県内はもとより、県外からもお問い合わせをいただいている資料です。劣化が進んだため、長い間ご利用いただくことができず、ご不便をおかけしましたが、平成11年度よりすすめてきたマイクロフィルム化の作業が、この度完了し、所蔵する大正6年1月から昭和16年7月刊行分をマイクロフィルムで、再びご覧いただけるようになりました。

*利用者の皆様へ

 図書館の資料は公共のものです。次に使う人のために、こわしたり、破ったり、書き込みをしたりしてはいけないのは、言うまでもないことですが、知らず知らずに資料を傷めてしまっていることがあります。例えば、

・コピーをとる時、本のノド(中央)の部分をギュッと押しつけたりしていませんか。

・読みかけの本を伏せて置いたりしていませんか。

・お菓子をつまんで、その手でページをめくったりしていませんか。

・金属製のクリップや糊付付箋でページをマークしていませんか。

・雨が降っているのに、むき出しの本を抱えて出かけたりしていませんか。

 ちょっとしたことですが、資料をいつまでもご利用いただくために、また、未来の利用者のためにも、ご協力をお願いいたします。

 


新潟県立図書館
〒950-8602 新潟県新潟市中央区女池南3丁目1番2号
TEL 025-284-6001(代表)
025-284-6824(調査相談・貸出延長)
025-284-6679(テレフォンサービス)
FAX 025-284-6832